原題:The Golden Bowl

2000年カンヌ映画祭出品

2000年9月13日フランス公開

2000年/アメリカ・フランス・イギリス合作/126分/ 配給:シネマパリジャン

2002年5月10日ビデオレンタル開始 2002年1月12日よりBunkamura ル・シネマにてロードショー公開

公開初日 2002/01/12

配給会社名 0043

解説


19世紀末から20世紀初頭の英米文学界を代表する作家ヘンリー・ジェイムズ。その彼の晩年の最高傑作にして、膨大な一大長編「金色の盃」が、『眺めのいい部屋』『ハワーズ・エンド』など、エドワード朝時代のイギリス社会を描かせれば、右に出るものはない名匠ジェイムズ・アイヴォリーの手によって、ついに映画化された。
ここ数年、ジェイムズ文学の映画化は、ジェーン・カンピオン監督の『ある貴婦人の肖像』、イアン・ソフトリー監督の『鳩の翼』、そしてアグニエシュカ・ホランド監督の『ワシントン広場』(日本未公開)と、ちょっとしたトレンドになっているが、その中でも本作『金色の嘘』は、原作が複雑な人間の内面描写と難解な文体で文字通り映画化不可能といわれた「金色の盃」だけに、まさに映画的な事件となり、2000年のカンヌ映画祭コンペティションでワールドプレミア上映されるや、センセーショナルな話題を巻き起こし、同時に『ハワーズ・エンド』『日の名残り』以来のアイヴォリーの傑作として絶賛されたのだった。
才色兼備のアメリカ人女性シャーロットは、かつて恋人同士だったが、お互いの貧しさが原因で別れたイタリア人貴族のアメリーゴ公爵から婚約したことを知らされる。そのお相手はアメリカ人大富豪アダム・ヴァーヴァーの愛娘マギーで、彼女はシャーロットの親友でもあった。しかし、当のマギーはふたりの過去はまったく知らなかった。一方、美術蒐集家としても知られるヴァーヴァー氏は、いつしかシャーロットの美貌に魅かれ、彼のたっての野心であるアメリカでの美術館建設の片腕となってくれるよう、彼女にプロポーズする。こうしてシャーロットとアメリーゴは、図らずも義母と娘婿の関係になってしまった。果たして、彼ら4人の運命は……?
これまでもアイヴォリーは、『ヨーロピアンズ』『ボストニアン』(いずれもビデオ公開)とヘンリー・ジェイムズの小説を、2度映画化し、現代の映画監督の中では、ジェイムズの文学世界に最も精通したひとりといえるが、それらの舞台はいずれも新大陸のアメリカだった。そこで、アイヴォリーはジェイムズ作品の集大成として、イギリスの上流社会を背景に展開する小説の映画化の機会を窺っていた。しかし当初、彼の念頭にあった「ある婦人の肖像」(映画題は『ある貴婦人の肖像』)と「鳩の翼」が、最終的な脚本を進めていた段階で、上記のように他の監督によるプロジェクトが明らかになり、断念したいきさつがあった。
そこで脚本家のルース・プラーヴァー・ジャブヴァーラから提案されたのが「金色の盃」だった。難解といわれるジェイムズ作品の中でも、とりわけ人間の内面心理の描写と、抑制された散文で傑作の評価も高い「金色の盃」を、アイヴォリーは20世紀初頭のイギリスの上流社会に生きるアメリカ人たちの心情に、自らの実感を重ねあわせることで、時代を超えた共感を抱き、映画化を決意するのだった。
『金色の嘘』には、さまざまな“嘘”が見え隠れする。シャーロットとアメリーゴは、それぞれの生活を守るため、自らの心に嘘をつく。またアメリーゴとマギーの結婚仲介人となるファニーは、マギーを”汚れから守るため”アメリーゴの過去を彼女に知らせない。そしてマギーは、夫の不貞を確信したとき、何よりそれを父ヴァーヴァー氏に知られないよう、真実を胸の裡に収めてしまう。それは父の結婚生活が破綻しないようにとの一人娘の計らいに他ならないが、そんな父と娘の緊密な親子関係こそが、夫婦といえども踏み込めないアメリーゴとシャーロットの孤独を深め、結果的にお互いを求めあうことになってしまう。果たして、”嘘”は人の心を守ることができるのだろうか?善意の嘘、悪意の嘘。複雑に絡みあう感情の機微、社交の影に隠された本音。そして軽妙酒脱な会話に潜む繊細な言葉の綾。そんな目まぐるしい”嘘”に彩られたジェイムズ文学ならではの2組の愛の移ろいを、アイヴォリーはジャブヴァーラの流麗な台詞運びを得て、普遍性に満ちたメロドラマのかたちとして見つめる。とりわけ、エンディングでシャーロットの自尊心を守るためにつくマギーの”最後の嘘”はあまりに鮮烈で、それだけでも功罪相半ばする”嘘”のありように思いを馳せたくなってしまう。そして、そんな閉塞的な社会通念の中で、自らの生きざまを懸命に見据える人々の姿こそが、アイヴォリー映画の真骨頂でもあるのだ。また、ヘンリー・ジェイムズ作品といえば、さまざまな葛藤を抱えたヒロインたちのドラマが魅力のひとつだ。才色兼備でありながら、貧しさゆえに失った愛に焦燥するシャーロットを演じるのは、『宮廷料理人ヴァテール』のユマ・サーマン。’現実的でありながら、ロマンティックな面も持ち併せている”という、いわば理想的な女性が、愛の相克の狭間で次第に追いつめられる心の揺れを説得力たっぷりに演じ、「サイレント期の映画女優にも似たオーラを放っている」と絶賛、今まさにサーマンの時代の到来を宣言してみせる。また今年はランコムの香水「ミラクル」のイメージキャラクターとしても世界中で活躍、一女の母とは思えない彼女の美しさ
は、日本でもひときわ大きな脚光を浴びることは、必至だろう。夫の不貞に疑惑を抱きながらも、愛する父に心配をかけないよう心を砕くマギーには、夏の超大作『パール・ハーバー』で世紀のヒロイン誕生と注目を集めるケイト・ベッキンセール。一見、世間知らずのようでいて、”愛のために”すべてを耐え抜くという、登場人物中、最も芯の強さを持った女性像を完壁に演じ切り、とりわけ”金色の盃”をめぐって妄想がエスカレートしていくクライマックスは圧巻だ。そしてシャーロットとアメリーゴの過去を知りながら、それをマギーに打ち明けなかったことに良心の仮借を抱くファニーを、『バッファロー66』の母親役が記憶に新しい実力派女優アンジェリカ・ヒューストンが貫録たっぷりに演じるなど、豪華女優陣が華麗な演技の妖を競う。
対する男優陣も個性派揃いだ。労働者階級出身で、”アメリカで最初の億万長者”といわれるアダム・ヴァーヴァーを演じるのは、自ら製作も務めた『白い刻印』でオスカー候補となり、ここ数年、ますます円熟味あふれるニック・ノルティ。衝動的な情熱と娘に対する父性愛を、”確信を持つまで動かない”という沈黙の裡に表現し、堂々たる名優ぶりを証明してみせる。また富豪の娘マギーとの打算的な結婚を決意しながらも、いつしか愛の本質を知り、マギーについた嘘を”恥”とまで言い切るアメリーゴ公爵に、『理想の結婚』のジェレミー・ノーザ
ム。これまでコスチューム劇で典型的な英国紳士を演じてきた彼だが、ここではローマの没落貴族を堂に入ったイタリア託りで演じ、”ローマに焦がれる”誠実なラテン男の魅力を遺憾なく発揮している。さらにファニーの夫ボブ役に、イギリス・フリーシネマの名優で、近年パイプレイヤーとして渋味を増すジェイムズ・フォックスが一見、とぼけているようでいて、実は男女の機微に通じた酒落者として、しっかり脇を固め、絶妙のアンサンブルを構築している。
また特筆すべきは、オープニングで語られるアメリーゴ公爵のルネッサンス時代の先祖の物語だ。義母と息子が不義密通し、処刑されたというエピソードは原作にはないものだが、それはシャーロットとアメリーゴの暖昧な恋愛関係のゆくえを象徴するものとして印象的な効果をあげている。映像的にも屋敷に差し込む自然光と間接照明によって撮影が進められたこともあって、陽光があふれ眩いばかりの昼間のシーンとは対照的に、夜の闇の中、ろうそくの灯がほのかに交錯することで男女の秘められた愛が炎となって燃えあがるのを暗示するなど、まさにジェイムズの張りめぐらせた「嘘」と「真実」を、アイヴォリーならではの映像感覚として重厚に画面に息づかせているのはさすがだ。スタッフも、撮影のトニー・ピアース=ロバーツ、音楽のリチャード・ロビンス、美術デザインのアンドリュー・サンダース、衣裳デザインのジョン・ブライトと、これまでアイヴォリー作品で手腕を発揮したいわばマーチャント・アイヴォリー組とも言うべき実力派が揃い、20世紀初頭のニューヨークをとらえた当時の記録フィルムが、自由の女神や工場、炭坑風景など、まさにアメリカ現代史の断片として、時代の揺藍期の見事な証言と
なっているのも見逃せない。
なお、完壁のように見えて実はキズが隠されていたという、物語の暗楡として印象的に登場する、水晶に金箔を施された”金色の盃”は、メトロポリタン美術館に所蔵されている1200年代のヴィザンチン様式の盃をモ
デルにレプリカしたもので、まさに完壁主義のアイヴォリーにふさわしい賛を尽くしての再現も話題を集めた。
21世紀の第一歩を踏み出した現代で、20世紀はじまりの豪華絢潤たるイギリスの上流社会を味わえる賛沢さを、『金色の嘘』で心ゆくまま堪能していただきたい。

ストーリー


1903年、ローマ近郊のウゴリー二宮。貧しいが、聡明な美貌の女性シャーロット(ユマ・サーマン)は、かつての恋人アメリーゴ公爵(ジェレミー・ノーザム)から、”アメリカで最初の億万長者”といわれるアダム・ヴァーヴァー(ニック・ノルティ)の愛娘マギー
(ケイト・ベッキンセール)と婚約したことを告げられる。かつてローマの貴族として、コロンブスと航海した由緒正しい先祖を持つアメリーゴ公爵だが、今は破産し、すっかり没落してしまっていた。その意味でも、美術蒐集家として名高いヴァーヴァー氏を義父に持つのは、理想的だったのだ。そしてアメリーゴは、すっかり寂れたこの屋敷で、義母と息子の関係で不義密通し処刑されたルネッサンス時代の先祖の話をする。シャーロットはマギーとも幼なじみの親友だったが、彼女には自分たちの別れを素直に受け入れることができず、アメリーゴのことを忘れるためドイツへ旅立つのだった。
ところが、結婚式の3日前になって、ロンドンのヴァーヴァー氏の屋敷にシャーロットが現われた。
思いがけない親友の到着を無邪気に喜ぶマギーだが、彼女にはシャーロットとアメリーゴのかつての恋愛関係を知るよしもなかった。ふたりの結婚の仲介人となったファニー(アンジェリカ・ヒューストン)もまた、マギーを”汚れから守るため”に、あえて
その事実を打ち明けずにいたのだ。
シャーロットはアメリーゴに「結婚する前に、もういちど一緒にいたかったの」と囁いて、マギーへの結婚祝いを探すのに付きあわせる。ふたりはブルームズベリーにある小さな骨董品店で、水晶に金箔を施された”金色の盃”に目を留める。シャーロットは、店主(ピーター・エア)に取り置きを頼むが、アメリーゴはその盃にヒビが入っているのを一目で見抜いてしまった。
それから2年後。イギリスのフォーンズ荘では、アメリーゴとマギーの間に男の赤ん坊が誕生していた。幼いころ、母を亡くし、父の愛を一身に受けて育ったマギーは、自分が結婚したことで、ヴァーヴァー氏を見捨てたような罪悪感を抱いていた。この父娘は、他人にはにわかに立ち入れないような緊密な絆で結ばれていたのだ。
そんなある日、シャーロットが一家を訪ねて来た。アメリーゴのホームシックを気に病むマギーは、父と息子をシャーロットに託し、改装中のウゴリーニ宮に行くことにする。こうしてふたりきりになったヴァーヴァー氏は、シャーロットに自分の莫大な
美術コレクションを披露し、生まれ故郷の街アメリカン・シティに”労働者のための”美術館を建てる計画があることを告白するのだった。1ヵ月後、ウゴリーニ宮にシャーロットとヴァーヴァー氏の婚約の知らせが届いた。マギーは大喜びで父と親友の結婚に同意するが、アメリーゴの態度は暖昧そのものだった。
3年後のロンドン。その美貌と人柄に相応しい貴婦人の地位を手に入れたシャーロットは、すっかり社交界の人気者として、その夜のランカスター家の仮装舞踏会でも、ひときわ華やかな注目を浴びている。しかし彼女のかたわらに立つのは、ヴァーヴァー氏ならぬアメリーゴだった。おおっぴらな
義母と娘婿の関係に、ファニーは眉をしかめるが、彼女の夫ボブ・アシンガム(ジェイムズ・フォックス)は「無知な幼女を妻にしたい男はおらんよ」と意味深な台詞をはく。しかしシャーロットもアメリーゴも、それぞれの夫と妻である父娘の親密すぎる関係に、孤独を感じていたのだ。
週末のマッチャムでのパーティに出かけたシャーロットとアメリーゴは、その他愛ないどんちゃん騒ぎに次第に自制心を失ってゆく。そしてキャッスルディーン夫人(マデリーン・ポッター)に誘われるまま、帰宅の時間を遅らせ、そのまま地元の宿に姿を消した。「アダムとイヴのように堕落する
のよ」。シャーロットとアメリーゴは不倫の快楽に溺れる。それぞれの配偶者には、「列車に乗り遅れた」と言い訳しながら。
マギーは、夫とシャーロットの関係に言い知れぬ不安を抱き始めていた。しかし確たる証拠を掴めないまま、それを口に出すことをためらってるのだと、ファ二一に打ち明ける。そしてマギーは、彼女とともに父親の誕生祝いのプレゼントを買いに出かけ、偶然にもシャーロットとアメリーゴが
結婚式の3日前に立ち寄ったブルームズベリーの骨董品店で、あの”金色の盃”を買い求めるのだった。
数日後、屋敷に”金色の盃”を届けに来た骨董店主は、飾られた写真を見て、かつてこの盃を買い求めたのはシャーロットとアメリーゴだったこと、そしてふたりはお似合いのカップルに見えたことを告げる。さらに、この盃はキズものなので、代金は半額でいい、とも。
アメリーゴとシャーロットの関係を知っていて黙っていたと、マギーはファ二一を責めるが、同時にそのことを父に知られないよう、嘘をついて欲しいと彼女に頼み込む。そして、ファニーはアメリーゴの不貞の証拠をもみ消すように、わざと盃を落として、粉々に砕き割る。しかしそこへ、アメリーゴが現われた。結婚前からのシャーロットとの関係を、5年もの間、隠していたと叱責するマギーに、アメリーゴは「僕が必要なのは君だ。今までよりも」と本心を打ち明ける。そんな夫に、マギーはこう言
い放つのだった。「私が欲しいのは、ヒビのない幸せよ」。やがて、アメリーゴの愛情のこもった手紙に、次第に夫に対する信頼感を回復していくマギー。
一方のシャーロットはアメリーゴの態度が、にわかに変わったことに敏感に気づく。「何か言われたの」と問いつめるシャーロットに対して、アメリーゴは「あれは過去のことだ。昔の出来事だよ」と、やんわ
りはぐらかす。そして、マギーとの愛を貫くことを決めた彼は、ヴァーヴァー氏の庇護から離れて、ローマで暮らすことを決意するのだった。一方のヴァーヴァー氏も、マギーのたっての願いを聞き届け、愛娘の幸せのため、シャーロットとともにアメリカに戻ることにする。そして本格的に美術館着工に乗りだすのだ。ヴァーヴァー氏の膨大な美術コレクションが、アメリカ行きの船に運ばれる準備が着々と進む中、い
よいよ進退窮まったシャーロットは、「私は今日にも、身ひとつであなたと出ていけるわ」とアメリーゴに決心を迫るが、彼は「もう昔とは違うんだ。彼女についた嘘を消し去るのに一生かかるだろう」と最後
通牒を突きつける。そして「これは”恥”なんだよ」というアメリーゴに、シャーロットは平手打ちをくらわせ、彼の前から姿を消した。数日後、ヴァーヴァー氏の美術コレクションを、観客に説明するシャーロットの姿を、冷ややかに見つめるマギーとファニーがいた。その声に潜む悲痛な叫びに哀れみを感じたマギーは、シャーロットの
自尊心を守るため、ある”最後の嘘”をつく。その夜、悲嘆の涙にくれるシャーロットは、ヴァーヴァー氏に抱きしめられ、そして美術品とともにアメリカヘと旅立っていくのだった。

スタッフ

監督:ジェームズ・アイボリー
製作:イスマイール・マーチャント
脚色:ルース・ブラーヴァー・ジャブヴァーラ
原作:ヘンリー・ジェイムス
音楽:リチャード・ロビンス
編集:ジョン・デビィッド・アレン
美術:アンドリュー・サンダース
衣裳:ジョン・ブライド

キャスト

アメリーゴ公爵:ジェレミー・ノーザム
シャーロット・スタント:ユマ・サーマン
マギー・ヴァーヴァー:ケイト・ベッキンセール
アダム・ヴァーヴァー:ニック・ノルティ
ファニー・アシンガム:アンジェリカ・ヒューストン

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