原題:Dior and I

トライベッカ映画祭2014コンペティション・オープニングナイトドキュメンタリー

2014年/フランス/DCP/ビスタサイズ/90分/仏語・英語/日本語字幕:古田由紀子
配給:アルシネテラン、オープンセサミ

2015年3月14日、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

©CIM Productions

公開初日 2015/03/14

配給会社名 0013/1356

解説


世界を魅了する老舗ファッション・ブランド クリスチャン・ディオールのオートクチュール
パリ・コレクションまで8週間の舞台裏に迫るドラマティック・リアル・ストーリーの誕生

 2014年4月ニューヨーク・トライベッカ映画祭のオープニング作品としてワールド・プレミア上映を飾った『ディオールと私』。“真のファッション・ドキュメンタリーついに登場”(NYMg)と評価を受けた本作がいよいよ日本公開となる。多くのハリウッド・スターたち、世界のセレブたちが豪華なオートクチュール・ドレスを身に纏い、レッドカーペットを歩く姿は美しく、エレガントである。そのきらめく美しさを演出するドレス、画面に短い時間映し出されるそのドレスがつくり上げられる世界は、デザイナーとお針子たちの誇りと情熱にあふれていること本作は教えてくれる。

2012年7月2日パリ、ディオールの秋・冬オートクチュール・コレクションの発表は世界のファッション関係者から注目を集めていた。新しく就任したアーティスティック・ディレクター ラフ・シモンズの初コレクションがどのような展開になるのか固唾をのんで待っていたのだ。ベルギー出身、ミニマリストとして知られるデザイナーがどのようなドレスをランウェイに出してくるのかを・・・。

8週間前、パリ、モンテーニュ通り30番地、ディオール本社の最上階にまるで宝物のように大事に位置するアトリエで、ラフ・シモンズ率いるデザイナーたちに紹介されたのは105人の経験豊かなお針子たち。12のコンセプトのもと、150以上のスケッチがデザイナーたちによって描かれ、生地が選ばれ、そして作られ、40年以上の経験を持つ職人たちの手により54体のオートクチュールが完成していく。ランウェイに出る直前まで最善の注意が注がれ、100万本の花に囲まれた会場にモデルたちがエレガントなドレス姿で歩き出す—。世界を魅了するドレスたち、それは一着のドレスが完成するまでに一日一日の作業を丁寧に積み重ねていく人々の情熱そして誇りが紡がれているからこそである。

1947年クリスチャン・ディオールのメゾンが設立してから65年、初めてカメラが潜入を許され、撮影をしたのはフレデリック・チェン監督。昼夜を問わずラフ・シモンズ、お針子たちを追い、彼らの緊張、心配、疲労、そして歓喜の姿を撮影していく。映し出される貴重な映像はディオールの宝というだけでなく、クリエイティブに携わる人々、ひとつのプロジェクトを完成させるという同じ志をもつ者として必見の映像となっている。そして監督自身、クリエイターのひとりとして彼らへの敬意をこめて撮影に挑んだのである。

ストーリー








2012年、空席になっていたディオールのアーティスティック・ディレクターにラフ・シモンズが就任するとの発表は、ファッション業界を驚かせた。ラフ・シモンズはベルギー出身、自身の名を冠した男性ブランドの展開、ジル・サンダーでのデザイン担当など活躍していたが、“ミニマリスト”として認識され、知名度も低く、何よりもオートクチュール界での経験が皆無であったため、この予想外の抜擢は業界の注目を集めた。コレクションの準備には通常5〜6か月の期間が必要とされているにも関わらず、ディオールでの最初のコレクションまでに、彼に与えられたのはわずか8週間。

今から65年前の1947年、デザイナー、クリスチャン・ディオールは44歳の時“ニュールック”コレクションを発表。女性らしさを強調したデザインで衝撃的なデビューを果たし、その名は瞬く間に世界に広まり、一躍ファッション界の指針となった。彼の名が世界を轟かせる一方、非社交的な性格の彼は、仕事上の付き合いより友人との交流を好んだ。心臓発作で急死する1年前の1956年、彼は回想録の中で次のように述べている。「どこにいても何をしても、クリスチャン・ディオールの名前がついてまわる。もううんざりしている。」

クリスチャン・ディオールが作り出した世界は、今日でも“アトリエ”で息づいている。お針子たちは寝る間も惜しんで手を動かし、すべてを手縫いで仕上げている。これがオートクチュールの偉大なる伝統だ。ディオールは、今でもメゾン内にアトリエを持つ数少ないブランドのひとつである。アトリエ・テーラー(テーラード部門)とアトリエ・フロー(ドレス部門)の2つのアトリエがある。それは、歴史あるパリ ディオール社屋の最上階に、まるで大切にしまいこまれたように位置している。ラフ・シモンズが光に満ちたこのアトリエを初めて訪れた時、40年以上のキャリアを持つお針子たちがそこで作業をしていた。カメラはアトリエ・フローの活動的で陽気なフロレンス・シェエとアトリエ・テーラーの小心者で機転が利くモニク・バイイの二人のお針子に密着している。「このメゾンの中で一番大切な二人だ」とラフ・シモンズの10年以上仕事をしている片腕のピーター・ムリエは話す。「なぜなら、彼女たちは手の中にあらゆるものを持っているからだ」

コレクション発表のコンセプト、デザインが決まっていく中、ラフ・シモンズは、1940年〜1960年の織り方で“アンプリメ・シェンヌ”(ワープ・プリント)と呼ばれるものを発見。これは、織る前の糸にプリントするというもので、彼はこの技術を使ってアメリカの抽象画家スターリング・ルビーの絵画を洋服の上で再現しようとする。しかし、織物業者はこの縮尺でのプリント経験がない上、時間もない。ファブリック・コーディネーターのナディーヌは、ラフ・シモンズが作品に注ぎ込もうとするディオールへの思い、芸術への情熱を理解しつつ、職人たちを説得していく。オートクチュール作りは独創的なデザイナーと同じように熟練の職人たちにとっても常に挑戦なのである。
クリスチャン・ディオールがこのメゾンを率いたのはわずか10年間だったが、彼がファッション界に与えた影響は絶大だった。ラフ・シモンズはインスピレーションを得ようとディオールの記録を調べる。「受け継いだものが偉大かつ崇高なだけにやりがいはあります」と話し、モデルに1947年発表のバージャケットの袖を通させる。絞ったウエストラインに大きな肩、強調されたヒップラインは、戦時中の四角いシルエットとはかけ離れたもので、ハーパースバザー誌が“ニュールック”と名付けたそのスタイルは瞬く間に大人気となり以降10年間を席巻した。

コレクションの準備期間中の休みを利用して、ラフ・シモンズはノルマンディー地方グランヴィルにあるクリスチャン・ディオールが幼少期に過ごした家を訪れる。ディオールの庭で語るラフ・シモンズ、「回想録を読んでも、お互いの経験の差が埋まらないためにうまく理解できない。」、「読むのを止めなければならなかった。妙な気分だったが、最初のショーが終わるまで読むべきじゃないと思った。」と。繊細な感受性と強じんな忍耐力、老舗の重圧のもと自分自身の内なる声を聞こうと必死にもがくシモンズの姿は、ひとりのクリエイターとして情熱があふれている。
パリに戻ったラフ・シモンズにはコレクション発表の場所の決定、そして演出の内容の決定、54着のオートクチュールの完成、マスコミ対応についてなど数多くの業務が待っていた。そしてお針子たちには、コレクション発表直前までの多くの作業が待っていた。すべてのエレガントなドレスたちがランウェイで披露されるまでの8週間。それは、前任者の巨大な影に果敢に立ち向かう若き継承者の果敢な姿と、ディオールの宝と称されるメゾンの中枢にあるアトリエの誇り高きお針子たちの情熱の姿を描いた作品なのである。

スタッフ

監督・製作:フレデリック・チェン
製作:ギヨーム・デ・ロックモール
製作総指揮:ジュリエット・ランブール、キアラ・ジラルディ
編集:フリオ・C・ペレス4世
撮影監督:ギレス・クアルド
音響:ビルジール・ファン・ヒネケン
音楽:ハヤン・キム
音楽監督:ミカエル・ガルベ

キャスト

クリスチャン・ディオールの声:オマル・ベラダ

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