原題:Away from Her

本年度のゴールデン・グローブ主演女優賞(ジュリー・クリスティ、ドラマ部門)を受賞し、アカデミー賞の主演女優賞、脚色賞の2部門にノミネートされた美しくも切ない愛の物語

全米映画批評家協会賞 主演女優賞受賞 第65回米国ゴールデン・グローブ賞 最優秀主演女優賞受賞(ドラマ部門) ブロードキャスト映画批評家協会賞主演女優賞受賞 ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演女優賞受賞 第80回米アカデミー賞 主演女優賞ノミネート

2006年/カナダ/カラー/110分/ 配給:ヘキサゴン・ピクチャーズ+アニープラネット

2008年5月31日より、銀座テアトルシネマほか全国ロードショー

公開初日 2008/05/31

配給会社名 0871/0406

解説


本年度のゴールデン・グローブ主演女優賞を受賞し、アカデミー賞の主演女優賞(ジュリー・クリスティ、ドラマ部門)、脚色賞の2部門にノミネートされた、美しくも切ない愛の物語。

 『スウィート ヒアアフター』や『死ぬまでにしたい10のこと』などで注目され、“過去10年間でカナダが生んだもっとも偉大な役者のひとり”と評価される女優サラ・ポーリー。短編で監督としての手腕を発揮してきた彼女の長編映画デビュー作『アウェイ・フロム・ハー君を想う』は、アリス・マンローの短編「クマが山を越えてきた」を自ら脚色し、メガホンをとった大人のラブストーリーだ。ポーリーは若干という表現がぴったりの29歳だが、複雑な人間心理を巧みな演出と映像で表現し、完成度の高い成熟した作品に仕上げている。
 結婚生活44年目となるフィオーナとグラントを中心に展開するのは、記憶と夫婦生活を軸にした美しくも切ない愛の物語。大学教授とその教え子だったインテリ夫婦が突然、予期しない事態に見舞われるところからドラマはスタートする。陽気で美しい妻フィオーナの物忘れが次第に激しくなり、やがて医師からアルツハイマーと診断される。現実を受け入れることを拒否する夫妻だが、帰宅の道のりを忘れたことでフィオーナは老人介護施設への入所を決断する。フィオーナの病気は、長きに渡る夫婦関係のなかで記憶がどのように作用するかのメタファーだ。人間は“残したい記憶”と“忘れたい記憶”を選択できるが、極限下でそれは可能なのか? 時折よみがえるフィオーナの記憶をビジュアル化することで完璧に見える夫婦の間に長年横たわっていたヒビをほのめかす演出が見る側の不安をあおり、夫妻が直面するであろう厳しい現実を予感させる。
 ジュディ・デンチ主演の『アイリス』や若者に支持された『きみに読む物語』などアルツハイマーがテーマとなった作品が近年、注目されている。病気のつらさを前面に押し出すスタイルが共通していて、お涙頂戴のクライマックスとなっている。それに対しポーリーは、病気の妻を見守る夫に焦点を当てている。グラントが愛妻の病気と対峙し、忍耐と自己犠牲、真の愛の在り方を学んでいく過程は意外だが非常に前向きで崇高な雰囲気さえただよう。愛妻の人生から存在が欠落してしまう孤独感と寂寥感を受け入れる姿、悲しい状況下で見いだした永遠の愛を糧に再生する男の心の旅路をポーリーは叙情的に描き、幾重にも重なる心模様を浮かび上がらせる。夫婦愛の素晴しさ、そして夫婦の絆を再確認させてくれるドラマはまさに、<21世紀の『ある愛の詩』>と呼ぶにふさわしい。
 原作者マンローは、2005年にはタイム誌が選ぶ「世界でもっとも影響力のある100人」に選出されたこともあるカナダを代表する作家のひとり。人間の心の機微を丹念にすくい取る深い洞察力はもちろん、女性らしさと骨太さが共存する文体、皮肉なユーモア感覚に満ちた作品はベストセラー・リストの常連でもある。「好きなものはそのままであってほしいから、小説を安易に改作するのは好きではない」と語るポーリーは、マンロー作品のエッセンスを忠実にスクリーンに写し出すことに成功している。
 ヒロインのフィオーナを演じるのは、『ダーリング』でオスカーを受賞後、テレンス・スタンプやウォーレン・ベイティとの恋愛で映画界をにぎわせたジュリー・クリスティ。オスカー候補となった『アフターグロウ』以来、客演やカメオ出演はあるものの積極的に女優活動をしていなかった彼女が10年ぶりに主演に復活。ハル・ハートリー監督の『No Such Thing』で共演したポーリーに請われたこともあるが、彼女の才能に感服し「サラの初監督作のヒロインをほかの女優に演じさせたくない」と思ったそう。記憶を失いつつあるなかで、表には出なかった脆さや傷つきやすさが顕著になるフィオーナをエレガントに演じている。記憶のかけらが蘇りそうになる瞬間の表情にさまざまな思いをよぎらせる巧みな演技でゴールデン・グローブ賞主演女優賞を獲得したばかりだ。夫グラントにはカナダ映画界のアイコンでもあるゴードン・ピンセント。無表情のなかに深い哀切をにじませるというカリスマティックな快演を披露している。フィオーナが愛情を寄せるオーブリーを演じるのはマイケル・マーフィ。言葉を発しない身体不自由者という難役に挑戦し、見事にねじ伏せた。オーブリーの妻でマリアン役のオリンピア・デュカキスがドラマにスパイシーな味わいを加えている。老いた伴侶を介護する境遇を受け入れていたが、グラントとの出会いで人生の新たな一歩を踏み出す勇気を得るマリアンの微妙な女性心理をリアルに演じ切った。すべてのキャスティングはポーリーが脚色中から考えていた通りだが、素晴しいアンサンブルの実現で物語にさらなる深みが出たといえるだろう。

ストーリー




結婚してから44年になるグラント(ゴードン・ピンセント)とフィオーナ(ジュリー・クリスティ)は互いを深く愛し、肉体的にも精神的にも満ち足りた生活を送っていた。二人の出会いはグラントが大学で神話学を教えていたときにさかのぼる。フィオーナは彼の教え子のひとりで、彼女が18歳のときに結婚したのだ。20年前に教授職を辞したグラントは、フィオーナとその後にアイスランドから移住してきた彼女の祖父が建てたオンタリオ湖沿いの家で暮らしていた。老夫婦は春には近くの自然保護地区を散歩し、雪の季節にはクロスカントリー・スキーを楽しむのが常だ。二人仲良くキッチンに立ち、夕食を済ませた後はグラントがフィオーナに小説を朗読し、夜が更けていく。互いを思いやる温かさと笑いに満ちた生活にしかし、不調和が生じ始める。フィオーナにはアルツハイマー型認知症の影がしのび寄っており、洗い終ったフライパンを冷蔵庫にしまったり、友人夫妻を招いた夕食の席でワインが何かを忘れてしまったり。そんなフィオーナをグラントは辛抱強く見守り、彼女の失敗を訂正し続けていた。
 ある夕方、ひとりでクロスカントリー・スキーに出かけたフィオーナは、自身がどこにいるのかさえわからなくなる。夜になり、妻がいなくなったことに気づいたグラントが必死に捜索し、惚けた表情で道端にたたずむフィオーナを発見する。大事に至らなかったものの、病気を無視しておけないことに気づいたフィオーナは、老人介護施設メドウレイクへ入所することを自ら決断する。施設を事前に見学したグラントは主任のモンペリエから「施設に馴染むため入所後30日間は面会も電話連絡も禁止」というルールを知らされ、フィオーナの入所を躊躇するが、彼女の意思は変わらなかった。施設へ向かう途中、自然保護地区を通りかかったフィオーナは前春に見た水芭蕉のことを思い出す。と同時に、忘れたくても忘れられない苦い思い出を口にする。大学教授時代のグラントは、若く美しい女子大生と何度も浮気していたのだ。グラントと別れてくれなければ自殺するとフィオーナを脅した少女のことを苦々しく語る彼女の激しい口調にグラントは沈黙するしかなかった。
 1ヶ月後、面会を許されたグラントは、フィオーナが自分のことをまったく覚えておらず、車椅子に乗った男性オーブリー(マイケル・マーフィ)を非常に気にかけていることを知る。そんなグラントの気持ちも知らないフィオーナは、オーブリーは祖父がよく買い物をしていた金物店でバイトをしていた青年で、彼女の初恋の相手だったとグラントに伝える。記憶の混濁か、真実か? 愛妻に思い出してもらおうと施設に日参するグラントだが、フィオーナとオーブリーの間に芽生えた愛情が日増しに深まっていくのを目撃し、いたたまれない気持ちになる。ベッド横の壁にオーブリーが描いたフィオーナの肖像画が貼られているのを見て、やるせなさが増すばかりだった。グラントの献身ぶりに心を打たれた看護師クリスティは、彼を温かく励ます。率直で明るいクリスティに相談するうち、グラントはフィオーナのオーブリーに対する愛情は自分に対する罰なのではないかと語る。夫婦円満に見える夫妻だったが、グラントにはフィオーナに対する負い目があると考えるだけの理由があったのだ。
 そんなある日、オーブリーの妻マリアン(オリンピア・デュカキス)が休暇から戻ると同時に夫を自宅に連れ帰ってしまう。オーブリーと離れ離れにさせられ深く落ち込むフィオーナは、ベッドに寝たきりとなる。このままでは彼女の要介護レベルが上がり、命すらも危うくなると心配したグラントは、マリアンを訪ねる。グラントが夫オーブリーを責めに来たと身構えるマリアンだったが、グラントは意外な提案を口にし……。

スタッフ

監督・脚本:サラ・ポーリー
原作:アリス・マンロー
製作総指揮:アトム・エゴヤン

キャスト

ジュリー・クリスティ
ゴードン・ピンセント
オリンピア・デュカキス
マイケル・マーフィー

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