原題:TOIVON TUOLLA PUOLEN/英語題:THE OTHER SIDE OF HOPE

2017年ベルリン国際映画祭 銀熊賞(監督賞)/2017年国際批評家連盟賞年間グランプリ 2017年ダブリン国際映画祭 ダブリン映画批評家協会賞、最優秀男優賞 2017年ミュンヘン映画祭 平和のためのドイツ映画賞ザ・ブリッジ監督賞 2017年モスクワ国際映画祭出品 / 2017年シドニー映画祭出品 / 2017年トロント国際映画祭出品 / 2017年カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭ホライズンズ部門出品 / 2017年エルサレム映画祭スピリット・オブ・フリーダム賞 / 2017年ルクセンブルク・シティー映画祭グランプリ /2017年ヴィリニュス国際映画祭出品 / 2017年FEST国際映画祭出品 / 2017年ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭出品 /ラックス賞2017 オフィシャル・セレクション / 2017年ゴールデン・アプリコット国際映画祭出品 / 2017年オデッサ国際映画祭 フェスティバル・オブ・フェスティバルズ出品 / 2017年プーラ映画祭 Europolis-Meridians部門出品 / 2017年ニュー・ホライズンズ映画祭出品

2017年/フィンランド/98分/フィンランド語・英語・アラビア語/DCP・35㎜/カラー/字幕翻訳:石田泰子 提供:ユーロスペース、松竹/配給:ユーロスペース/宣伝:テレザ

2017年12月2日(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー!

© SPUTNIK OY, 2017

解説

社会の片隅でひっそりと慎ましやかに生きる庶民の哀歓を独特のミニマリズム的な手法で切り取り、シンプルな寓話として昇華させた数多の名作で知られるフィンランドの巨匠アキ・カウリスマキの最新作『希望のかなた』がいよいよ公開される。
『希望のかなた』は、北欧フィンランドの首都ヘルシンキを舞台に、生き別れの妹を探すシリア難民の青年カーリド(シュルワン・ハジ)が、レストランオーナーのヴィクストロム(サカリ・クオスマネン)とその仲間と出会い、彼らのちいさな善意に救われる物語だ。
内戦が激化する故郷アレッポを逃れたカーリドは、逃避行の途中で生き別れた妹を探して、偶然にもヘルシンキに流れ着く。空爆で家も家族も失くした彼にとって、唯一の望みは妹を見つけることだ。しかし難民申請は受理されず、収容施設を逃亡し、妹を探すために不法滞在者としてヘルシンキに留まることを決意する。ヨーロッパを悩ます難民危機のあおりか、この街でも差別や暴力にさらされるカーリドだったが、レストランオーナーのヴィクストロムは彼に救いの手をさしのべ、自身のレストランへ雇い入れる。そんなヴィクストロムもまた、酒浸りの妻と仕事から逃れ、人生をやり直そうとしていた。未来を探す二人はやがて家族のような仲間となり、彼らの人生には新たな希望の光がさし始める…。

今年のベルリン国際映画祭で上映され、批評家、観客から圧倒的支持を受けて、監督賞を受賞した『希望のかなた』は、『浮き雲』(96)、『過去のない男』(02)、『街のあかり』(06)の〈敗者三部作〉を完成させたカウリスマキにとっては、当初は、続いて撮られた『ル・アーヴルの靴みがき』(11)に始まる〈港町三部作〉の二作目として位置づけられていた。その後、監督自ら〈難民三部作〉と呼称を変えたように、『希望のかなた』は、前作『ル・アーヴルの靴みがき』で大きくクローズ・アップされた、EUにおけるいまだ解決の糸口さえ見えない深刻な難民問題をふたたび取り上げている。
アキ・カウリスマキの映画は、彼が心酔する小津安二郎を思わせる簡潔きわまりないセリフと視覚的なスタイル、あまりに寡黙で、無表情な人物たちが織り成す皮肉なユーモアに彩られた小宇宙のごときドラマ世界が熱狂的なファンを擁してきた。孤独をかかえた登場人物たちが自己の内面に沈潜しているからこそ、かえって不思議な自足感に充たされ、かけがえない魅力を放っていた。そんなカウリスマキのミニマルな完結した世界では社会問題や政治的なメッセージを露わにすることは周到に回避されていたともいえよう。だが、変化の予兆は、2002年にあった。この年のニューヨーク映画祭に招待されていたカウリスマキは、一緒に招かれていたアッバス・キアロスタミ監督が前年に起こった同時多発テロの影響でビザが発行されず、入国も許可されなかったことに激怒し、参加をボイコットしたのだ。その際にカウリスマキの出した次の声明は世界中の心ある映画ファンに深い共感を呼び覚ましたのは記憶に新しい。

「世界中で最も平和を希求する人物の一人であるキアロスタミ監督に、イラン人だからビザが出ないと聞き、深い哀しみを覚える。石油ですらもっていないフィンランド人はもっと不要だろう。米国防長官は我が国でキノコ狩りでもして気を鎮めたらどうか。世界の文化の交換が妨害されたら何が残る? 武器の交換か?」

この檄文に見える、世界を覆いつくす理不尽な〈不寛容〉への抵抗を示す辛辣なユーモアの精神は、『希望のかなた』にも色濃く反映されている。映画が始まって半分を過ぎたころ、ようやくこの二人が出会うシーンはひときわ印象的だ。ある日、店のゴミ捨て場に寝泊まりしていたカーリドは、ヴィクストロムに見つかるや、いきなり殴りかかるが、お返しに一発、見舞われてしまう。そして、次のカットでは、店でスープを飲んでいるカーリドに、ヴィクストロムは「うちで働くか」と持ちかけると、カーリドは満面の笑みを浮かべるのだ。余計な説明を一切省いて、さまざまな欠損を抱えたこの店のオーナーと従業員たちが家族のような親密な友情集団へと変貌するさまを見ていると、ハワード・ホークスの『リオ・ブラボー』でジョン・ウェインのもとに集まったダメな男女たちが一致団結して敵と闘うプロフェッショナルな友情関係を想起させよう。
とりわけ、レストランが寂れるばかりで、一念発起、全員が日本の半被姿になり、日本の寿司店を開業するエピソードが大いなる爆笑を誘う。実は、カウリスマキは、来日のたびに毎晩通いつめる、老夫婦だけでやっている渋谷の寿司屋がかつてあり、何度かこの老夫婦をテーマに映画化を試みたことがある。仮のタイトルも『Tokyomonogatari』あるいは『Wasabi Story』というもので、小津へのオマージュが意想外な形で、冗談のように実現してしまったことになる。

カウリスマキは、いつものアイロニーとウイットに富んだ笑いを随所に散りばめながらも、一方で、この作品では難民申請を拒絶する冷酷な官僚組織、そして差別感情を露わにして、カーリドを何度も襲撃するスキンヘッドのネオナチ集団の不気味さをリアルに描いている。興味深いのは、カーリドが彼らに襲われそうになった時に、障碍者たちによって助けられるエピソードだ。さらに加えて、貧しいカーリドがロマの物乞いの女性にお金をめぐむさりげないシーンには、カウリスマキの社会的な弱者に真率な優しさに満ちた眼差しが感じられ、忘れがたい。それゆえに、ヴィクストロムたちの機略によって、難民センターで見つかった妹と無事に再会できた後だけに、カーリドを執拗に付け狙うネオナチの男が凶行に走るシーンはあまりに衝撃的だ。
『ル・アーヴルの靴みがき』は、アフリカからの難民の少年とル・アーヴルの靴磨きの老人の偶然の出会いから、まるでフランク・キャプラの映画の楽天的な人間賛歌をそのままトレーレスした奇跡のようなエンディングを迎える。しかし、同じく〈難民〉を主題にした『希望のかなた』では、シリア人のカーリドをもう一人の主人公に据えたことで、酷薄な現実を容赦なくあぶりだしている。その苦さは、かつてのカウリスマキ作品には見られなかったものだ。しかし、ラストシーンでカーリドが浮かべる柔和な表情には、紛れもない澄明な〈希望〉が垣間見える。それはアキ・カウリスマキ作品には欠かせない愛犬がそばに連れ添っているからだけではないはずだ。
映画ファンへの絶えざる目くばせだけではなく、世界・社会への深い洞察をも作品世界に取り込んだ、アキ・カウリスマキの新境地を感じさせる、すばらしい一作である。

ストーリー

北欧フィンランドの首都ヘルシンキ。港の船に積まれた石炭の山から、煤まみれの男の顔が現れる。それはシリア人の青年カーリド。内戦が激化する故郷アレッポからヨーロッパへ逃れた彼は、差別や暴力にさらされながらいくつもの国境を越え、偶然にもヘルシンキに流れ着いたのだった。駅のシャワー室で身なりを整えて警察へと出向いたカーリドは、堂々と難民申請を申し入れ、中東やアフリカからの難民や移民であふれる収容施設に入れられる。地中海から遠く離れたこの北欧の街にも、多くの難民が押しよせているのだ。カーリドは一緒に入所した気さくなイラク人マズダック(サイモン・フセイン・アルバズーン)と仲良くなるが、マズダックいわく、難民が異国で受け入れられる秘訣は“楽しそうに装いながら、決して笑いすぎない事”らしい。

入国管理局での大事な面接で、カーリドは故郷でおきた悲劇を明かす。様々な勢力が対立するアレッポで、誰の仕業かもわからない空爆によって彼の家は破壊され、家族や親類も命を落としていた。そのうえ、家族でただ生き残った妹ミリアム(ニロス・ハジ)とは、ハンガリー国境での混乱で生き別れとなっていたのだ。カーリドは面接官に、今の唯一の望みは妹を探しだし、フィンランドに呼びよせることだと語る。ここには妹の未来があり、自分の未来はどうでもいいのだと。

 

ヘルシンキで衣類のセールスをして暮らすヴィクストロムは、さえない仕事と酒びたりの妻(カイヤ・パカリネン)に嫌気がさしていた。ヴィクストロムは無言のままに結婚指輪を妻に残し、愛車のクラシックカーに乗りこみ家を出る。彼はレストランオーナーとして新しい人生を始める夢を抱いていた。シャツの在庫を処分した金すべてをポーカーにつぎ込んだヴィクストロムは、イチかバチかの賭けに出た心意気が幸運をよびよせたのか、ゲームに大勝し大金を手にする。

そうしてヴィクストロムはゴールデン・パイントという名のレストランを手に入れる。その店には常連がいて、ベテラン従業員もいるというふれこみだったが、実際には、やる気のない調理人が作る料理はミートボールと缶詰めのサーディンのみ、常連はもっぱらビールを飲むばかりで儲けもわずか。だがひと昔前から時が止まったかのような店で、風変わりだが気のいい従業員たちに囲まれて、ヴィクストロムは自分の居場所を築いてゆく。

 

ある日、当局はカーリドをトルコに送還する決定をくだす。カーリドは妹を探すために不法滞在者としてフィンランドに留まることを決意し、収容施設から逃走するが、街中で“フィンランド解放軍”を名乗るスキンヘッドのネオナチに襲われかける。何とか難を逃れたカーリドに、救いの手をさしのべたのはヴィクストロムだった。店のゴミ捨て場で寝泊まりしていたカーリドと、一度は殴り合いになりながらも、ヴィクストロムはカーリドをレストランに雇い入れる。そのうえ、食事に寝床、偽の身分証まで用意してやるヴィクストロムの姿に、やがて従業員たちもカーリドを受け入れてゆく。繁盛を狙った寿司屋への看板替えは見事に失敗に終わるものの、カーリドとヴィクストロム、そしてレストランの従業員の間には、家族のように親密な友情が芽生えはじめるのだった。

 

そんな中、マズダックから妹ミリアムがリトアニアの難民センターで見つかったとの一報が届く。ヴィクストロムの機転のおかげでヘルシンキにたどり着いたミリアムと、念願の再会を果たすカーリド。カーリドの未来に光がさしはじめたかに見えたその時、スキンヘッドのネオナチが再び彼の元に現れる…。

 

スタッフ

監督・脚本 アキ・カウリスマキ Aki Kaurismäki
撮影 ティモ・サルミネン Timo Salminen
照明 オッリ・ヴァルヤ Olli Varja
プロダクションデザイン アキ・カウリスマキ Aki Kaurismäki
衣装 ティーナ・カウカネン Tiina Kaukanen
セット・デコレーター マルック・パティラ Markku Pätilä
セット・デコレーション ヴィレ・グロンルース Ville Grönroos、 ヘイッキ・ハッキネン Heikki Häkkinen
録音 テロ・マルムバリ Tero Malmberg
編集 サム・ヘイッキラ Samu Heikkilä
リレコーディングミキサー オッリ・パルナネン Olli Pärnänen /Meguru Film Sound Oy
現像所 ダーク・デ・ヨング Dirk De Jonghe/DeJonghe Film Postproduction
製作会社 Sputnik Oy/アキ・カウリスマキ
共同制作 Oy Bufo Ab/ミシャ・ヤーリ, マーク・ロフ
Pandra Film/ラインハルト・ブルンディヒ
協賛 The Finnish Film Foundation、Finland 100 Programme
The Church Media Foundation
協力 YLE Coproductions、ZDF、Arte

キャスト

カーリド  シェルワン・ハジ Sherwan Haji
ヴィクストロム  サカリ・クオスマネン Sakari Kuosmanen
カラムニウス  イルッカ・コイヴラ Ilkka Koivula
ニルヒネン  ヤンネ・ヒューティアイネン Janne Hyytiäinen
ミルヤ  ヌップ・コイブ Nuppu Koivu
ヴィクストロムの妻  カイヤ・パカリネン Kaija Pakarinen
ミリアム  ニロズ・ハジ Niroz Haji
マズダク  サイモン・フセイン・アルバズーン Simon Hussein Al-Bazoon
犬のコイスティネン  ヴァルプ Varpu
洋品店の女店主 カティ・オウティネン  Kati Outinen
収容施設の女性 マリヤ・ヤルヴェンヘルミ  Maria Järvenhelmi

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