原題:Aguirre, der Zorn Gottes 

ヘルツォークに狂う!!

1981年3月1日フィンランド公開

1972年/ドイツ・メキシコ・ペルー合作/93分/カラー/35mm/ 配給:ケイブルホーグ

2001年9月26日DVD発売 2001年1月27日〜2月16日よりBOX東中野にて公開

公開初日 2001/01/27

公開終了日 2001/02/16

配給会社名 0029

公開日メモ ニュー・ジャーマン・シネマの存在、を特にアメリカ経由で世界の映画界に認めさせたカルト・ムービーである。

解説


アマゾンの奥地を目指してアンデス山脈の峠を越えるスペインの征服者たちの一隊を遠景ショットで撮ったオープニング・シーンに、画面を霧のごとくおおいつくしてゆくシンセサイザーの幽玄な響き!映画『アギーレ・神の怒り』とはじめて出逢った時のショックは今でも新鮮だ。72年に作られ、ニュー・ジャーマン・シネマの金字塔となったこの映画は、まず75年にパリで公開されて以来、日に日に観客の熱狂的な注目を集め、そうして83年、ついにやっと日本上陸を果たしたのだった。
ドン・ロペ・デ・アギーレ。彼は実在する人物である。1560年、伝説の黄金郷エル・ドラド発見のため、スペインの征服者である彼はアマゾンを下り、インディオの襲撃を受け、熱病と闘い、やがて”神の怒り”と立ち向かうことになる。西欧文明と汎神論的未開の地との宿命としての対決。どうしたって思い出すのは、フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』、いいかえるならその原案となったコンラッドの小説、「闇の奥」のことである。実際、『アギーレ・神の怒り』はコッポラの『地獄の黙示録』に多大な影響を与えたといわれている(コッポラは具体的には語っていないが)。筏で川下りをするアギーレの一隊に立ち向かってジャングルから放たれる槍や矢。燃えさかる川べりの村。熱病と飢餓の中で狂ってゆくアギーレの部下たち。そうしてただひとり生き残ったアギーレは言い放つ。「これほど偉大なる反逆があるだろうか。”神の怒り”である俺は神話の通り我が娘と結婚して地上にかつてない大帝国を打ち立てるのだ。」カッと見開いたクラウス・キンスキーの瞳に、美しい狂気が、圧倒的な陶酔感が立ちこめる。ここでアギーレの娘を演じているセシリア・リヴェーラは、驚くべきことにクラウス・キンスキーの娘ナスターシャ・キンスキーに瓜二つなのである!
ヘルツォークはこの映画が描いたのは夢に現れるようなジャングル、そして人間の恍惚感だ、と書いている(ポジティブ誌)。彼は西欧の侵略という人間の歴史への告発などには目もくれようとしない。彼は映画史上稀なるこの”誇大妄想の男”アギーレと汎神論的宇宙との格闘に取り愚かれているだけなのだ。そうしてそんなヘルツォークの精神はクラウス・キンスキーの肉体を通して『フィツカラルド』や『コブラ・ヴェルデ』へと受け継がれ、さらには「彼方へ」の山に取り愚かれた男たちに姿を変えて生き続けてゆくのである。

ストーリー


1560年代末、南米のインディオたちが言い伝える伝説の国エル・ドラド(黄金郷)を目指してスペイン人たちがアマゾンの奥地へ進んでいた。
アンデス山脈の最後の峠越えをしたところで、一行は厳しい自然に阻まれ、分遺隊を派遣し、周囲の自然の調査をすることになった。分遺隊の副官に任命されたのがアギーレ(クラウス・キンスキー)である。
一行は二隻の筏で川を下るが、一隻は渦に巻き込まれ脱出できないでいるうちにインディオに襲撃され全滅した。もう一隻の筏も隊員が休憩のため上陸した時に流されてしまう。
もはや本隊に戻ることは絶望的だ。この期に及んであくまでも本隊へ戻ろうとする分隊長(ルイ・グエッラ)にこの時アギーレが反逆した。彼は貴族を押し立てスペイン帝国からの独立を宣言した。しかしインディオの攻撃で一人また一人と隊員が死に、とうとう同行した自分の娘も殺されてしまった。それでもなお黄金郷に王国を建設することを夢見るアギーレはついに筏の上にたった一人残される・・・。

スタッフ

製作指揮:ヴァルター・サクサー
製作・監督・脚本:ヴェルナー・ヘルツォーク
撮影:トーマス・マウホ 
特殊効果:ミゲル・バースケイス
音楽:ポポル・ヴー

キャスト

クラウス・キンスキー
ヘレナ・ロホ
ルイ・グエッラ
セシリア・リベーラ

LINK

□公式サイト
□IMDb
□この作品のインタビューを見る
□この作品に関する情報をもっと探す