原題:Centochiodi

2006年/イタリア/カラー/94分/ 配給:クレストインターナショナル

2010年05月29日よりDVDリリース 2009年8月1日(土)、岩波ホールにてロードショー

公開初日 2009/08/01

配給会社名 0096

解説


カンヌ国際映画祭グランプリに輝いた『木靴の樹』から30年、イタリアの名匠エルマンノ・オルミ監督が、自身の映画人生、最後の長篇劇映画と位置づける作品が、本作『ポー川のひかり』である。
若い哲学教授が、時代に絶望し、過去を捨て、光あふれるポー川を遠くさかのぼり、岸辺の廃屋に住み始める。そして彼をその風貌から「キリストさん」と呼ぶ、素朴な村人との交流をとおして、生の息吹を蘇らせ、真実を見出してゆく——。
ポー川は、イタリア北部を西から東へ、茫漠とした平原を蛇行し、ゆったりと流れる大河だ。古くからイタリアの芸術家に愛されてきた、このポー川流域の美しく牧歌的な時間のなかに、オ ルミ監督は現代の寓話を見事に描き出した。

絶え間ない紛争、環境問題、さらに経済危機と、今日、世界は急速に破局の危機を迎えようとしている。
深い精神性を湛えた作品を撮り続けてきたオルミ監督は、この病める時代に、新約聖書の世界をとおして、人生の豊かさとはなにかを問い、希望のしるしを探ろうとした。
そして完成したのが、イエス・キリストの寓意をひそめ、心を癒すやさしさに満ちた本作である。まさに誠実な人生の結実を感じさせる渾身の作で、余韻は限りなく深く、しかも突きつける 問いは根源的である。ここには「温もりのある、真に豊かな生活を得るために、もう一度始まりに帰ろう」という、オルミ監督の現代社会に対する痛切なメッセージがこめられている。

『木靴の樹』で、自然のなかに生きる農民の暮らしを丹念に見つめたオルミは、本作でも、太古から、人間の暮らしと共にある、水、光、炎、風など、自然の事象をやさしく大切にとらえて いる。野をわたる風、驟雨、岸辺を包む光、論文を燃やす炎のゆらぎ、夜の水面の静謐…。オルミの息子、ファビオ・オルミのカメラは、自然の豊かなディテールを見事に映し出してゆく。そして光と影が繊細に織り成す絵画のような映像は、観る者を魅了する。

ストーリー



イタリア、ボローニャ大学。夏期休暇中で人気の無い大学で、守衛は大量の古文書が太い釘で打ち抜かれているのを発見する。この書物の大虐殺に、学内は一転大騒ぎとなる。容疑者として浮かび上がったのは、若くして名声を得、将来を嘱望されていた哲学科の主任教授だった。近く国際舞台で論文を発表することになっていたが、前日の学年末の授業を最後に忽然と姿を消していた。
教授はあてもなく車を走らせていた。途中でその車も捨て、車のキー、ジャケット、財布も大河ポー川へと投げ捨てわずかな所持品を手に川をたどって歩き始めた。川岸の朽ちかけの小屋を見つけた彼は、そこを住処にしようと考える。
生活用品を買いに繰り出した町で、郵便配達の青年ダヴィデにパン屋の場所を教えてもらい、そのパン屋で若い娘ゼリンダと知り合う。次の日、小屋の修理を始めた彼の元に、配達で近くを通りかかった彼女が声をかけた。
「毎朝ここを通るから、何か持ってくるわ」
ゼリンダが去ると、今度はダヴィデがやってきて、元煉瓦工だったと小屋を建て直す相談にのってくれた。その頃、ポー川から彼のジャケットなどが見つかり、警察は自殺を疑い始めていた。
小屋の近所には、共同生活を営む老人たちがいた。彼らも教授に関心を持ちはじめる。小屋の修理にダヴィデが手を貸しはじめ、老人たちも加わって、立派な家が出来上がった。いつからか彼らは、イエス・キリストに似たその風貌から、この見知らぬ男を「キリストさん」と呼ぶようになっていた。親切で純朴な村の人々との交流に、自然と教授に笑顔が戻っていた。
ところがある日、港建設のためポー川中流からの立ち退き命令が下った老人たちを助けようと、「キリストさん」はある行動にでる。それによって、一旦は自殺を疑っていた警察は彼の居所を突きとめるのだが…。

スタッフ

監督:エルマンノ・オルミ
製作:ロベルト・チクット、ルイジ・ムジーニ
製作総指揮:エリザベッタ・オルミ
脚本:エルマンノ・オルミ
撮影:ファビオ・オルミ
音楽:ファビオ・ヴァッキ

キャスト

ラズ・デガン
ルーナ・ベンダンディ
アミナ・シエド
ミケーレ・ザッタラ
ダミアーノ・スカイーニ
フランコ・アンドレアーニ
アンドレア・ランフレーディ

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