2008年/カラー/DVカム/114分 配給:『妻の貌』上映委員会

2009年7月4日(土)より、広島・横川シネマにて先行ロードショー 原爆の日にあわせ 2009年7月25日(土)より、渋谷・ユーロスペースにて平和のためのロードショー

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公開初日 2009/07/04

配給会社名 1076

解説

オバマ大統領のスピーチ、北朝鮮の核実験断行と
核廃絶の大きな声が高まる今——

個人の記憶が、普遍的な「歴史」へと変わる瞬間
あの日から64回目の夏がやってくる——私は50年間、ヒロシマとわが妻を見つめ続けてきた

「家族を撮ること、それが私の愛情表現です」 
広島在住・82歳の映像作家、川本昭人は半世紀にわたってカメラを回し続けてきた。きっかけは長男誕生を機に手にした8ミリフィルムカメラ。“小型映画”といわれた、そのカメラで原爆症を宣告され、死と向き合って生きる妻の日常を映し取っていく。少し昔の日本にはどこにでもあった、静かに流れる日々の暮らし。しかし、そこにはヒロシマの暗い影が差していた———。
ひとりの夫として父として、家族に寄り添いながら撮影した妻と、介護が必要な母、そして家族の歩み。それは、どこにでもある日常の記録でありながら、半世紀にわたる「歴史」の証言として未来への希望をすくい取っている。

お母さんが心の支えだった
原爆症を抱えながら義母の介護をする妻の姿

原爆の被爆による甲状腺がんと診断された、川本昭人監督の妻、キヨ子さん。大きな病を抱えながらも、寝たきりの義母の世話をし、二人の子どもを育てあげた。愚痴ひとつ言わず、孫たちとふれあい、日々の家事をこなす、凛としたその姿が目に焼きついて離れない。
原爆詩集「慟哭」の朗読がテレビから流れるなか、アイロンをかけるキヨ子さん。朗読から原爆で亡くなった弟を思い出すその顔には、あの悲惨な戦争を二度と繰り返すまいという思いと平和への希望が滲んでいる。

ストーリー

平成12年(2000) 広島平和記念資料館を訪れる川本昭人(73才)。妻・キヨ子(74才)と共に、孫が入選した展覧を見に来ていた。原爆の日、手を合わせ祈る妻。
夫が運転する車で、妻はいつものように病院へ向かう。点滴をうける妻。その姿に短編作品『私のなかのヒロシマ』の妻の姿が重なる…

原爆の日に手を合わせ祈る当時47歳の妻・キヨ子。
昭和19年(1945) 女子挺身隊として軍需工場に勤務していたキヨ子は、中学生だった昭人に出会う。
キヨ子は工場で19歳で被爆、家族を失い、それ以来異常な倦怠感に悩ませられる。昭和43年10月、キヨ子は甲状腺がんと宣告され、切除手術をする。

広島市佐伯区八幡。昭人は、父の後を継ぎ、昭和の初めから続く酒造会社を営んでいる。73歳の今は社長業を譲り、週に数回出社することにしている。昭人は、昭和2年(1927)双子として生まれるが、弟は5歳で死亡した。昭和19年学徒動員で軍需工場へ派遣されるが、結核を患い、手術をし8年間の療養生活を送った後昭和28年(1953)、キヨ子と結婚する。

スタッフ

監督・撮影・編集:川本昭人
編集:小野瀬幸喜/ナレーター:岩崎徹、谷信子、川本昭人

配給:『妻の貌』上映委員会
配給協力:KAWASAKIアーツ、東風

キャスト

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