原題:The Man Walking on the Snow

愛妻の三回忌に、ふたたび息子たちとの絆を取り戻そうとする男… しかし、思い通りに口は動かず。 今日も、歩いて、歩いて、吹雪の中を。 時にはついでに死んだふりもして…。

第54回カンヌ映画祭‘ある視点’公式出品作品

2001年/日本/カラー/ヴィスタサイズ/103分/1:1.66/35mm 配給:モンキータウンプロダクション

2006年07月29日よりDVDリリース 2002年10月5日(土)よりシネ・ヌーヴォ(大阪)独占ロードショー 2002年9月7日より三百人劇場にてロードショー公開

公開初日 2002/09/07

配給会社名 0239

解説



北海道増毛(ましけ)で造り酒屋を営む66歳の本間信雄は2年前に末期がんで恋女房を亡くし、家業を継いだ次男と二人暮らし。折が合わない長男は12年前に家を飛び出し、恋人と同棲しながらなかなか芽の出ないバンド活動をしている。孤独な信雄の唯一の日裸と楽しみは毎日片道8キロ、道の水産施設である鮭の艀化場に通い、ほのかに恋心を寄せる職員の美知子と語らい、鮭の稚魚たちの成長を眺めることだった。2日後に亡き妻の三回忌が迫っていた。法事を機にもう一度長男と歩み寄りたい、心ではそう願っても、いざ息子を前にすると素直になれない初老の頑固親父。過去を持つ美知子は北海道を去ったそして親子はそれぞれの葛藤を抱えたまま、最愛の妻であり母だった人の三回忌に再び向き合った…。放流の日、信雄は大海へと旅立つ稚魚たちに自分の新しい明日への希望を託すかのように放流を見守るのだった。

本作『歩く、人』(’01「ある視点」)で『海賊版=BOOTLEG FILM』(’99「ある視点」)、『殺し』(’00「監督週間」)に続き3年連続カンヌ国際映画祭に出品を果たした小林政広。脚本家として活躍していた小林は96年、自分で資金を集め『CLOSING TIME』を撮り、監督デビュー。本作は小林の4作目。非日常的な境遇に陥ってしまった普通の男の哀切を、ペーソスを漂わせ浮き彫りにするこれまでの作品とは一線を画し、小林自身が育った家庭と家族との経験を元に撮り上げた『歩く、人』は、2001年のカンヌ国際映画祭で満場の聴衆から大きな支持を受けた。小林監督作品の根底に共通して流れているものは、家族や恋人への深い愛情であり、人間に対する温かい眼差しである。小林が大切にしてきたこれらのテーマを守りながらも、『歩く、人』では自伝をベースに、これまで描かれることの少なかった「男」の親子関係を「男」の視点で描き、見事に新境地を開いた。
以前、日本では親子の同居が当たり前であった時代があった。時代が変わり家庭の様相は変わっても、家族の愛情、信頼、葛藤といった絆は変わらないはずである。「小津監督の時代には沢山の家族の映画があった。今は商業性に欠けるということで少ないが、あえて撮ってみたいと思った」と語る小林は、「母に捧げる」思いで、自伝的要素を元にしたからこそドラマティックでなく饒舌でもないが、大仰ではない滲み出るような「家族愛」を『歩く、人』で撮りあげることができたのだろう。

初老の男の孤独感と頑固さをユーモアで包み父親役を演じた緒形拳は、小林監督作品には前作『殺し』に続き2作目の出演。映画化のきっかけは、小林が実母の亡くなった16年前に書いたシナリオ「三年目」を緒形拳がたまたま読み、「この父親役を是非演じたい」と小林に申し出てのことだった。本編中にインサートされる借雄の心情を表す川柳は、緒形自身がロケ中に閃き、町で買い求めた障子紙に書いたもの。ちなみにタイトルの題字も緒形の直筆という、ひときわ思いの込もった作品である。
香川照之は、父親と似すぎているからこそ反発し、理想どおりにならない自らの現実生活に苛立ち葛藤する長男を絶妙に演じた。林泰文は、身勝手な兄のせいで損な役回りをさせられている次男を、繊細な雰囲気の中にも男らしさを湛えて演じた。そして、それぞれ行き詰まった思いを抱える男たちを優しく見守る芯の強い女性像を、『殺し』に続き2作目の小林監督作品参加となる大塚寧々、そして占部房子、石井佐代子が演じ、映画に温かみを与えている。

北海道留萌(るもい)管内増毛(ましけ)町という雪国で綴られた本作にふさわしい孤独感と、時に織り交ざるからっとしたユーモアを効果的に演出している音楽は、サンサーンスの「動物たちの謝肉祭」から選曲されている。印象的なメインテーマは「水族館」。これは、カンヌ国際映画祭のテーマ曲であり、小林が自身の作品を初めて海外で評価してくれたカンヌ国際映画祭元ディレクター、ジル・ジャコブ氏への献辞ともなっている。

ストーリー


北海道萌管内増毛(ましけ)町で日本最北端の造り酒屋を営む本間信雄は66歳。末期がんで亡くなった愛妻の三回忌を2日後に控えている。長男、良一とは折が会わず、12年前に家を出て留萌でバンド活動をしている。今は家業を継いだ次男、安夫と二人暮し。年明け1月、酒蔵は仕込みが終わり家の中は静まりかえっている。増毛は、かつては鯨漁で栄えた町だったが、今は町も港も閑故としている。

〈鮭、むかし栄えて、現在寂びし〉

孤独な信雄には1つだけ日課があった。それは8キロ離れた道の水産施設、鮭の艀化楊に通うことだった。毎朝、赤いマフラー、毛糸の帽子、綿入れの半纏、長靴と重装備で、あたり一面、雪の積もった艀化場までの道をもくもくと歩く。

〈北の果て、増毛は古き、江戸の町〉
〈六十六、からだだけは、元気です〉

安夫は父親の行動を徘徊ではないかと心配している。安夫には圭子という恋人がいるが、最近何か不満がある様子。ついに「今晩、話したいことがある」と呼び出されてしまう。

〈母親似、少しタレ目の次男なり〉

良一は留萌でバンド活劫をしながら伸子と同棲している。札幌のテレビ局主催のコンテストでも予選落ちし、全く芽がでず、そろそろバンドの解散を考えていた。伸子が妊娠し、良一自身も30歳をすぎているのに将来の展望を持てず焦りを感じていた。バンドを解散し、父親と和解して実家に戻る心積もりがあることを伸子に打ち明ける良一。伸子は良一が弱気になっているのでは、と気遣う。

〈長男は、うだつあがらぬ、ミュージシャン〉
〈北国や、いちねん半分、雪をみる〉

信雄が艀化場に足繁く通っているのは、何千万匹といる鮭の稚魚の成長を見ることと、孵化場の職員、美知子に会うことが楽しみだったのだ。稚魚を両手一杯にすくい、子供に話し掛けるように優しく語りかける信雄を、微笑ましく見つめる美知子。

〈鮭と君、逢いたさ見たさに、二里のみち〉

お互いに気持ちを許しあい話せる二人。美知子はいつも信雄の好きな缶コーヒーを用意して待っていた。実は、美知子には公金横領で指名手配され離婚した夫がおり、この日、沖縄に逃げた元夫に呼ばれていることを信雄に打ち明けた。
家では口数も笑顔も少ない信雄だったが、雪の中、美知子をおぶってはしゃぐ時だけは孤独を忘れることができる、つかの間の安らぎの時間だった。信雄は美知子にプロポーズした。

その晩、安夫に法事の段取りを確認した信雄は、良一が法要に来ない事を知り、絶対に呼ぶよう安夫に言うが、撥ね付けられてしまう。

「親父に飯、作ってた。」と、約束の時間に遅れて来た安夫に、圭子はけんかごしで、乳離れしていない人は嫌いだと、安夫と別れ見台いすることに決めたと告げる。

良一は伸子に「バンドで歌うたってたあなたが好きだったのに。」と言われ、決心も揺らいでいた。
恋人から別れを宣告された失望の中でも、安夫は良一を法事に出席させようと留萌まで説得に行こうとしていた。

良一に連絡を取り帰宅した安夫に信雄は、3回忌までは操を通した、これからは第二の人生を歩んで行く、と打ち明ける。

〈沖縄と、零下10度の、増毛かな〉

翌朝、信雄はまた鮭の孵化場へ、美知子と鮭の稚魚に会いに行った。

良一は「外国人専門店 HOKKO SHOP」で了ルバイトをしていた。昼、弁当を食べているところに安夫が訪ねて来る。良一の顔を見るなり缶コーヒーを投げつけ、「親父の好きなコーヒーだ。親父は今沖縄にはまってる。知らないことだらけだろう。」と不満をぶつけるように言う安夫。
ロソア船が入港する港で、安夫は翌日の母親の三回忌に来るよう話すが良一は突っぱねる。バンドも上手くいかず、貯金も仕事もない、「俺の人生、何もかも、だめだ。最悪だ。」と言う良一に、安夫は父に謝り、実家に戻るよう勧める。自分の思惑を言い当てられて一瞬戸惑うが、「俺のプライドが許さない」と、伸子に告げた決心とは裏腹なことを言ってしまう。

孵化場の休憩室では、美知子が前日の信雄のプロポーズに応え、自分のセーターをまくり信雄に迫るが、信雄は美知子をただ抱きしめることしかできない。それなら結婚しない、という美知子に、「それでいいんだ」と半ばホッとしたような面持ちで信雄は答えた。
雪の庭で美知子をおんぶしながら、信雄は死んだ妻への思いをとつとつと語った。
美知子は沖縄に行く決心を信雄に告げた。

伸子の妊娠祝いに、安夫のおごりでステーキ店で食事をする良一と安夫。
札幌のコンテストの結果を話ながら、良一は「埋もれてもいいから、バンドをに人生をかけるっていう美学、存在すると思う。人の評価とは全く別のところで。」と話す。12年間家を省みず、自分の思う通りの人生を歩んできた兄に反発を感じている安夫は、頑固で図々しいところが親父にそっくだ、と非難する。父親が重荷なら家を出ろ、と勝手なことを言う良一に、自分と交代してほしいと安夫は切り出す。
遅れてきた伸子にあわただしく挨拶し、安夫は店を出て行ってしまう。
弟から現実をつきつけられ、悩みを訴えられたにもかかわらず、自分の思いを素直に伝えられない良一は自己嫌悪に落ちる。

〈三回忌、恋女房に、先立たれ〉

三回忌当日の朝、身支度を整え、信雄はまた艀化場へ出かけてしまう。

信雄は、吹雪く雪道をいつもより急ぎ足で艀化場へやってきた.鮭は元気だが、美知子の姿はもうない。美知子は、休憩室にいつもの缶コーヒーを残して、中縄に発ってしまった。
「君の決心は変わらないのか?鮭は3年か4年したら帰ってくるのに。」美知子の面影がよぎりつぶやく信雄。

〈あぁあー、白きチブサが、目に残る。〉

安夫.良一、伸子の三人は寺で信雄を待っていた。息子達は父親の散歩の行く先も目的も知らなかった。やがて信雄は走ってやって来た。久しぶりに顔を合わせる2人だったが、信雄はとぼけ、良一は挨拶もせずにそそくさと寺に入ってしまう。焼香中に良一は安夫に「お前と交代してもいいぞ。」と耳打ちする。

〈よき人は、何故早死にぞ、雪ふかく〉

法要が終わり帰ろうとする良一と伸子を引き止め、家でお清めしていくよう強く勧める信雄。
食事中、良一と信雄の険悪なやりとりに気を使い、伸子はお茶を入れに台所に立ち、安夫もそれを追いかけるように席をはずしてしまう。信雄と良一は気まずい舞囲気の中沈黙する。

台所では安夫が伸子に、法事に来てくれた礼を何度も言っていた。伸子は安夫の言葉を嬉しく思いながらも、古い造りの雑然とした台所を眺め「私もここでお料理することになるのかしら?」と落胆とも諦めともつかないな面持ちでつぶやく。

居間では信雄と良一の言い争いが始まっていた。伸子との関係をちゃんとし、バンドをやめろと命令する信雄は興奮し思い余って、母さんが死んだのはお前が心配をかけすぎたからだ、と乱暴に言い放つ。自分こそ安夫を犠牲にしている、と強く言い返す良一を信雄はついに殴ってしまう。その様子にいたたまれなくなり止めに入った安夫は、今度は自分が良一と取っ組み合いながら、自分の意志で父親と暮らし、家業を継いでいるのだと本心を話す。

一人外に出て気持ちを落ち着かせていた信雄は、外から家の様子をうかがっていた圭子に気づき、居間へ安夫を呼びに行った。踵を返し、部屋を出ようとする信雄を良一は呼び止め、本当はバンドをやめて家に戻ろうと思っていたと素直な気持ちで話し始める。「俺達、永久に上手くいかないな。」と寂しそうに言う良一に、信雄はもう少しバンドを続けてみたらどうか、「継続はカなり」と今度は励ます。
伸子の妊娠を信雄に伝え、位牌に向かう良一。

〈良一は、ウタは下手でも、子はできる〉

酒蔵では、圭子が見台いを断ったと安夫に打ち明けていた。安夫は圭子に「俺は親父を捨てない、ずっと一緒だ、それでもいいのか?」と自分の決心を告げる。

良一と伸子を見送るため、信雄は増毛駅に来ていた。駅舎で信雄は、愛する妻が死ぬ間際に言い残した言葉を良一に初めて告げた。それは「あんたと結婚するんじゃなかった…」という言葉。良一はすっかり肩を落とした父親の姿を見つめ、「ずっと、生きてくれよな。」と精一杯の言葉をかける。

2人を見送り、信雄はホームで一人、涙を落とす。駅には、信雄のコートを持った安夫が迎えに来ていた。

〈古き家、われで五代の、酒づくリ〉

翌朝、一段と強い吹雪の中をいつもの道のりを歩く信雄。強風にあおられ、向かい風に逆らい歩く、歩く、歩く。
艀化場は鮭の放流が始まっていた。「お前違はもうすぐ自由だ。大きくなって、帰って来い。」

帰り道。雪道に大の字になり、死んだふりをする信雄だった。

スタッフ

プロデュース・脚本・監督:小林政広
撮影:北信康
照明:木村匡博
録音:瀬谷満
音響効果福島行朗
編集・ポストプロダクションプロデューサー:金子尚樹
アシスタントプロデューサー:上野俊哉
ラインプロデューサー:南博之
助監督:森元修一
制作担当:波多野ゆかり
音楽:サン・サーンス『動物たちの謝肉祭』より
音楽コーディネイト:中澤覧
テーマ曲「水族館」アレンジ:佐久間順平
撮影助手:馬場元
照明助手:三善章誉
照明協力:新保健次、古村勝
監督助手:丹野雅仁、塚本敬
制作助手:橋場綾子、桧原由紀枝、斉藤大和
録音助手:永口靖
編集助手:蛭田智子
ネガ編集:門司康子、神田純子
タイミング:安斉公一
タイトル:道川昭
メイキングコーディネイト:阿部昌彦
メイキング:山野邊毅
スチール:岡村直子
製作:モンキータウンプロダクション
日本芸術文化振興会芸術団体等活動基盤整備事業作品

キャスト

本間信雄:緒形 拳
本間良一:香川照之
本間安夫:林 泰文
清水伸子:大塚寧々
野口圭子:占部房子
熊谷美知子:石井佐代子

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