原題:Taurus

2001/ロシア/カラー/??分/ 配給:パンドラ

2008年2月2日、ユーロスペースにて公開

公開初日 2008/02/02

配給会社名 0063

解説

アレクサンドル・ソクーロフの新作《牡牛座》

 最新作《牡牛座》は、《モレク神》につぐ、監督が目指す歴史4部作の第2弾である。

 モスクワ近郊の村で療養しているレーニン(レーニンはペンネーム。シベリア流刑され、シベリアの大河レナからペンネームを作ったと言われる。本名は、ウラジーミル・イリイッチ・ウリヤーノフ、1870−1924)は、やがて権力を掌握したスターリン(スターリンは鋼鉄を意味するペンネーム。本名はヨシフ・ヴィッサリオーノヴィチ・ジュガシヴィリ、1879−1953)に閉じ込められ、モスクワと、すなわちソ連共産党中央書記局とも断絶される状況に置かれる。また医師、秘書など療養先の館の勤務員もすべてスターリンの手先とさせられた。

 この歴史的事実を踏まえて、監督は、まだらボケが始まった晩年のレーニンを、妻に付き添われた一人の人間として描く。登場人物は主人公のレーニンをはじめ、レーニンの妻であり同志でもある教育学者クループスカヤ、やはりともに歩んだレーニンの妹マリーヤ、スターリンなど、歴史上の人物を彷彿とさせるが、純粋なドキュメンタリーではない。ソクーロフのまなざしを通したレーニン像は、再現というよりはイメージ化されており、ソクーロフの完全な劇映画である。

 歴史4部作の3部に共通するのは、20世紀に権力の座に就いていた人びと、そしてその権力の凋落であるが、レーニンに関しては、「志を果たすことができなかった悲劇の人として、この人物を把握している点で、先のヒトラーとは大いに異なる作品になるだろう」と、ソクーロフは99年、カンヌ映画祭会場で著者に語った。ドイツでは、「あまりにもロシアのテーマなので」と制作への出資を断った。それは、極めて短絡的な考え方であろう。日本では、《モレク神》に引き続き、(株)ふゅーじょんぷろだくと、の才谷遼氏が共同プロデューサーとして出資している。当時まだ存在したロシア映画省も、文化省とともに制作に参画した。

ストーリー

 舞台はモスクワ南東35キロに位置するゴールキ村。1917年の10月革命まで、ここにはモスクワ特別市長(首都や重要港市に置かれた県知事待遇の役職)レインボトの別荘があった。レーニンは1918年8月30日に狙撃され健康を害していた。その療養を兼ねて、18年9月25日から、休暇をここで過ごすようになり、1923年5月15日から24年に亡くなるまではここに定住した。

 ソクーロフは、レーニンが、自分の病気の診断結果“消耗によるアテローム性動脈硬化”にたいし、「奇妙で理解できない」と語ったと言われている、つまり、理性を完全には失っていない22年夏の一日を描いている。レーニンは52歳だった。

 6本の白い円柱で飾られる瀟洒な邸宅に病人は暮らす。ここにはモスクワから手紙も届かず、電話もかかってこない。革命の指導者は、あらゆることから、外界から隔離されている。隣室では、護衛局長のパーコリが病人宛の手紙を検閲し暖炉で燃やし処分している。別の隣室には、病人の妻と妹が不安気に館の様子をうかがっている。ドイツ人の医者が定期的に診察をする。病人の秘書である女性は不可解な振る舞いをし、なぜか陽気に笑っている。館全体を覆う不可解な雰囲気。右半身が麻痺している病人は入浴も着替えもままならない。孤立させられていることを感知し、自由にならない身に苛立つ病人。痙攣の発作も起こす。まだらボケも始まっている。革命の火中の人は、今や信じられないような境遇に陥っている。「いつになったら快復するのか」と問う病人に医師は「17×22(17年と、背景となった22年を意味するのか?)の答えができたとき快復する」と告げる。その答えを出そうと苦悩する病人。(後に夢に現れた病人の母が、掛け算をしなくてもよい、17を22回足せばよい、と教える。)

 病人と妻は午後に森へピクニック、狩に出る。倒れた大木が道を塞ぎ、車は通れない。倒木を退かす運転手。それを注意深く見守る病人。ロシアの豊かな自然に取り囲まれ、草原で妻と二人で横たわり、語り合い見詰め合う二人…

 やがてモスクワから客人がやって来る。空虚な黒い目の、小悪魔を思わせる風貌の男。意味もなく苛立っているようだ。一体何のためにやって来たのか、よく分からない。二人の対話。なぜ手紙が来ないのか、電話が通じないのか問いただす病人。自殺用の毒薬を所望したが、どうなったのか問い詰める病人。事実を織り込んだ対話。党書記局(中央委員会)からの贈り物、杖を病人に渡す。大木が倒れて邪魔をするとき、二つの解決法—大木をどかす、遠回りをする—を披露する病人。客人は、第三の手法—大木を切り刻む—を明かす…

 昼食時。病人は客人の名前が思い出せない。妻が、その名を病人の耳元でささやく。驚く病人。「なんと厳しい名前… みんな(党書記局・中央委員会メンバー、そのペンネーム)厳しい名前だ! カーメネフ(石)、ルイコフ(咆哮)、モロトフ(ハンマー)…彼らは誰を脅かしたいのだろう?…」

 妻と病人は庭のあずまやに。妻は電話に呼び出され館にかけて行く。一人取り残された病人。妻を呼ぶ病人の叫び…

 まったく孤独な姿… それは果たされなかった理想、夢を象徴しているのだろうか? 孤独のままに置かれながら、死ぬことも許されないように、新しい権力者に、その名を利用されることの予兆であろうか?

 歴史的な制約があり、仮定は許されないものの、ソクーロフは、どんなに辛くても、後退しても、人びとが自ら求め理解し選択するような社会の到来を夢見ている。そのために、できる限りのことを、こつこつと行う以外にないとも。

スタッフ

監督、撮影:アレクサンドル・ソクーロフ
脚本:ユーリー・アラーボフ
美術監督:ナターリヤ・コチェルギーナ
衣装:リーディヤ・クリューコヴァ
メーク:ジャンナ・ロジオーノヴァ他
録音:セルゲイ・モシコフ
助監督:タチヤーナ・コマローヴァ、セルゲイ・ラジューク
撮影助手:N. アヴラーモヴァ、G. ザイグラーエヴァ、相馬 徹
作曲:アンドレイ・シグレ(ラフマニノフの主題による幻想曲)
製作:レンフィルム、ロシア文化省、ロシア映画省
ジェネラル・プロデューサー:ヴィクトル・セルゲーエフ
エグゼキュティブ・プロデューサー:ウラジミール・ペルソフ

キャスト

病人(レーニン):レオニード・モズゴヴォイ
病人の妻(クループスカヤ):マリーヤ・クズネツォーヴァ
マリーヤ(レーニンの妹):ナターリヤ・ニクレンコ
医師:レフ・エリセーエフ
客人(スターリン):セルゲイ・ラジュ−ク

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