原題:Takhte Siah

世界が注目、カンヌが絶賛、20歳の女性監督

第53回カンヌ国際映画祭 審査委員賞受賞 TOKYO FILMeX 2000オープニング招待作品 第25回トロント国際映画祭正式上映 第44回ロンドン国際映画祭正式上映 第5回プサン国際映画祭正式上映

2000年9月1日イタリア公開

2000年/イラン映画/85分/カラー/ビスタサイズ/ 配給:オフィス北野、アーティストフィルム

2003年11月27日よりDVD発売開始 2002年09月27日よりビデオ発売&レンタル開始 2001年3月17日(土)より、テアトル池袋他にて全国順次公開

公開初日 2001/03/17

公開終了日 2001/04/27

配給会社名 0020/0023

公開日メモ 「ブラックボード」の監督サミラ・マフマルバフは今年20歳。その監督第2作が世界最高峰の映画祭カンヌ映画祭のコンペティションに選ばれたことは、カンヌ史上最年少監督として世界を驚かせた。

解説


世界が注目、カンヌが絶賛、20歳の女性監督
「ブラックボード」の監督サミラ・マフマルバフは今年20歳。その監督第2作が世界最高峰の映画祭カンヌ映画祭のコンペティションに選ばれたことは、カンヌ史上最年少監督として世界を驚かせた。しかしながら、その作品がヴェールを脱ぐやいなや、それは新たな驚きを呼んだ。メイン会場リュミエールの大画面に展開されたのは、それが20歳の女性監督によるものとは思えぬパワフルな映像だったからだ。公式上映は拍手喝采に包まれ、翌日からサミラのインタビューや「ブラックボード」を絶賛する批評が新聞各紙をにぎわせた。とりわけフランスを代表する有力紙“ル・モンド”は「細部のディレクションと全体の構成の点で素晴らしい感覚を示し、同時に非凡な勇気を感じさせる驚くべき作品だ」と最大限の賛辞を送った。
 評価は観客、プレスの評価にとどまらなかった。「ブラックボード」はリュック・ベッソンを委員長とする審査員団をも魅了し、それはカンヌ・コンペ初挑戦にして史上最年少の審査員賞受賞という結果を生んだ。授賞式では、サミラは時折感激に声をつまらせながら「この受賞が民主化のために努力を続けているイランの若手映画作家たちへの励みになればいいと思います」と語り、満場の拍手を受けた。
 サミラヘの評価はカンヌを起点に他の映画祭にも波及。トロント、ロンドン、プサンなど数々の映画祭から招待状が続々と届く一方、サミラ本人は8月30日より開催されたベネチア映画祭の審査員をつとめた。まさに、世界が最も注目する新進監督と言えよう。

躍進著しいイラン映画界からの新たな才能
 サミラ・マフマルバフは1980年生まれ。父親は、ヨーロッパではアッバス・キアロスタミと並んでイラン映画を代表する巨匠として知られ、日本でも「パンと植木鉢」、「ギャベ」などが公開されているモフセン・マフマルバフ。8歳の時、父の代表作「サイクリスト」に子役として出演し、その後は父の撮影現物でアシスタントをつとめてきた。現場での経験も豊富で、その点は並の20歳とは大きく違う。巨匠の娘というプレッシャーをものともせず、17歳にして「りんご」で監督デビュー。この作品はカンヌ映画祭「ある視点」部門に選ばれ、ジャン=リュック・ゴダールの絶賛を受けるなど、サミラは一躍イラン映画界のシンデレラ・ガールとなった。
 キアロスタミの「桜桃の味」が1997年カンヌ映画祭パルム・ドール受賞、マジッド・マジディの「運動靴と赤い金魚」が世界各地でヒットするなど、イラン映画のレベルの高さは実証ずみ。今年のカンヌ映画祭での「ブラックボード」の受賞は、ハタミ政権成立以降、民主化が急ピッチで進むイランにおいて映画製作をめぐる環境が極めて良好になりつつあることを証明した。とりわけ、イランでは社会的に困難な立場にある女性の映画監督サミラが受賞したことは、単に映画界の話題にとどまらず、社会的なトピックとして世界の注目を集めている。

現実の悲劇を普遍的な物語に一“背負う人々”
「ブラックボード」のストーリーは、1984年、イラン=イラク戦争の末期にイラク領内のクルド人の町ハラブチェを襲った悲劇に基づく。この町にはイラン系のクルド人たちが居住していたが、イラク軍はこの村を化学兵器で攻撃。多数の住人が死亡するという悲劇が起こった。わずかに生き残った人々は、イラン領内に難民として避難。この映画に登場する老人たちの集団は、生まれた土地で余生を送るべく、国境を越えようとするクルド人たちである。
 だが、サミラはこの映画の中で具体的な場所や時間に言及することを避け、この物語を世界のどこででも起こりうるドラマとして呈示している。サミラが描き出すのは、老人、成人、少年の3世代の人々をめぐるドラマ。死ぬ前にもう一度故郷を見るために険しい山辺をゆく老人たち、生活のために危険を冒して密輸物資を運ぶあどけない少年たち、そして彼らに教育の必要を必死に説く教師たち一。さらにサミラは、一人の教師と子供をつれた未亡人とのドラマをストーリーの中心に設定。女性監督らしい繊細な表現で、戦火の中での恋愛を描いた。「ブラックボード」の冒頭は、黒板を背負った教師たちが山道を歩く強烈なイメージから始まる。教師は黒板を背貰い、少年たちは闇物資を背負う。そして老人たちは、疲労と病に倒れた仲間を背負う。これら、文字通りの背負う行為のほかにも、この映画の登場人物たちは様々なものを“背負って”いる一教育、戦争、民族、孤独、等々。クルド人たちが体験した歴史的な悲劇は、サミラの手によって普遍的な感動を与える人間ドラマに生まれ変わったのである。

ストーリー

背中に黒板を背負った10数名の男たちが山道を歩いている。彼らは学校教師たちで、教職に就くために教師のいない村を回っているのである。

若い教師サイードは小さな村を訪ねて教職を探すが、村の人々の反応は冷たい。やがてサイードは移動する一団の人々に遭遇する。彼らはイラク領内に住んでいたクルド人たちで、村がイラク軍の攻撃を受けたため、国境を越えてイラン側に移り住んでいた。戦争が収束に近いという状況の中、彼らはイラク側の故郷の村に戻ろうとしていたのだ。サイードは長老格の老人に教職を申し出るが、老人はサイードにイラクとの国境までの道案内を頼む。

別の教師リーボイルは、荷物を抱えた子供たちの一団に出会う。子供たちはイランとイラクの間を危険を冒して密輸物資を運んでいたのだった。リーボイルは子供たちに勉強の必要を説くが、子供たちは聞く耳を持たない。だが、リーボイルの熱意ある説得により、子供たちは次第にリーボイルの言葉に耳を傾け、心を開いてゆく。リーボイルは子供たちと行動をともにしながら、文字や数学を教え始める。

サイードは、村人たちの中に幼児を連れた女性がいるのに目を奪われる。聞くと、その女性ハラレーは未亡人であった。ハラレーの父は、娘が未亡人でいることが気にかかり、村に戻って娘の再婚相手を探そうとしていた。「自分にも結婚を申し込むことができるだろうか」とサイードは長老に尋ねる。「ナッツの樹を持参金として渡せば問題ない」と答える長老。サイードは「自分には財産と呼べるものはこの黒板しかない」と言う。かくして、縁談が成立し、サイードはハラレーと黒板を持参金として結婚することになった。サイードとハラレーは山道で慌ただしく結婚の誓いをあげる。

サイードは文字を知らないハラレーに黒板で文字を教えながら旅を続ける。だが、静かな日々は長くはなかった。イラクの国境近くに達した一行は、イラク軍の銃撃にさらされる。かつて彼らの村は、イラク軍によるケミカル・ガスの攻撃を受けていた。ケミカル・ガスの恐怖がよみがえり、怯えて逃げ惑うハラレーに、サイードは「これはケミカル・ガスじゃない!」と言うが、ハラレーの恐怖は消えない。一行はケミカル・ガスを避けるように地面に這いつくばったまま逃げ惑う。

イラク軍の攻撃はリーボイルの一行にも及んでいた。イラク軍の気配を察知した子供たちは羊の群れの中に身を潜めて逃亡を計るが、一人、また一人と子供たちが銃弾に倒れてゆく——。

スタッフ

監督・脚本:サミラ・マフマルバフ
脚本・編集:モフセン・マフマルバフ
撮影:エブラヒム・ガフォリ
録音:ベヘローズ・シャハマット
音楽:モハマッド・レザ・ダルヴィシ

製作:マフマルバフ・フィルムハウス(イラン)
ファブリカ・シネマ(イタリア)
オフィス北野(日本)
提供:アーティストフィルム、テレビ朝日/オフィス北野
配給:オフィス北野、アーティストフィルム

キャスト

サイード・モハマディ(サイード)
バフマン・ゴバディ(レブアル)
ベヘナーズ・ジャファリ(ハラレ)

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