いのちの林檎
お蔵出し映画祭2012・コンペ部門
2012年/カラー/デジタル/ステレオ/115分 配給:アークエンタテインメント 配給協力:トラヴィス
2013/7/13(土)新宿武蔵野館にてモーニング・ロードショー
©2012 ビックリ・バン
公開初日 2012/10/12
公開終了日 2012/10/14
配給会社名 1334
解説
このドキュメンタリーは、重症の化学物質過敏症の女性早苗さんと、その命をつなぎとめた木村秋則さんの育てた林檎の話です。
重症の化学物質過敏症の人は、水が一滴も飲めなくなる時があります。
早苗さんも、かつて水が一滴も飲めなくなり、三日も四日も水分が取れなくなり危険な状態になりました。
母道子さんは、北里病院の専門医に電話して、どうしたらいいかたずねました「浄水器を替えなさい」としか言われず、浄水器を替えましたが、水は飲めませんでした。
そして母道子さんは自然食品屋さんに片っ端から電話をかけ
「一滴も水が飲めない娘の口に入るものはありませんか?」とたずねました。
そして十何軒目のお店で「うちに無肥料無農薬の林檎があるから、それを試してみたらどうですか」と言われ、その林檎を求めました。
その林檎が、木村秋則さんの林檎だったのです。
早苗さんは、木村さんの林檎の水分でいのちを繋ぐことができました。まさにいのちの林檎と言えると思います(早苗さんの命を救った木村さんの物語は「奇跡のりんご」のタイトルで阿部サダヲ・菅野美穂主演で映画化され話題を呼んでいます)。
この二人を中心に映画は3年半に渡ってカメラを回し続けました。
国内で七十万人いるとされる化学物質過敏症、しかし多くの人はこの病気の存在すら知りません。2009年10月1日付けで、国は化学物質過敏症の病名を認め、健康保険で扱われるようにしました。しかしこの病気を診断できる医師もごく少数しかいないのが実情です。化学物質に依存している我々の生活は、化学物質過敏症という病気と無縁ではないことを、映画「いのちの林檎」は語っているのです。
ストーリー
私を助けてくれた林檎
<早苗さんの言葉(抜粋)>
今からちょうど2 年前(2003 年)の4 月,私にとって初めての出来事が起きた。食べ物も,今まで使っていた食器も,ガスも,何もかもに身体は反応を起こし,水も一滴も飲めなくなり,全てのものを拒否するようになった。どうしたらよいのか分からなくなった時に出会えたのが,木村さんの林檎だった。この林檎を口にするまでは,口に物が近づくだけで,呼吸困難をおこしていた。身体の近くにくるだけなのに,ものすごい苦しさと痛さだった。そんな状態だったのに,この林檎の力はすごかった! きっと,自然の恵みと,木村さんの愛情をたくさんもらいながら育った林檎だったからだろう。あれだけ嫌がっていた私の身体だったのに,スーと口の中に入れることができた。木村さんの林檎に出会えて,本当によかった。今も時々水が飲めなくなる時がある。ひどいと次の日まで飲めなくなり,呼吸が苦しくなり,のどに物が詰まってしまったようになる。でも,秋から春にかけては,木村さんの林檎が必ず家にある。だから水が飲めなくなっても安心していられる。私を助けてくれた林檎,きっとこれからも私を助けてくれると思う。
木村秋則プロフィール
1949年青森県弘前市生まれ。株式会社木村興農社代表。弘前実業高校卒。10年近い無収穫、無収入の苦難を乗り越えて無農薬、無肥料栽培を成功した。これが「奇跡のリンゴ」と呼ばれた。現在は国内各地と世界各国で自然栽培の農業指導を行っている
スタッフ
監督:藤澤勇夫
製作:ビックリ・バン
プロデューサー:馬場民子
撮影:植田和彦・青木淳二
編集:熱海鋼一
テーマ曲:嶋津健一
題字:エムナマエ
監修:柳沢幸雄
キャスト
木村秋則
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