原題:SUR MES LEVRES

くちびるから伝う愛 くちびるから知る犯罪

2002年セザール賞主演女優賞・脚本賞・録音賞 3部門受賞

2001年10月17日フランス初公開

2001年/フランス/119分/35mm/カラー/ビスタサイズ/ドルビーSRD 配給:シネマパリジャン

2004年04月23日よりDVDリリース 2003年9月20日より、渋谷シネマライズにてロードショー公開

公開初日 2003/09/20

配給会社名 0043

解説


世間からのはみ出し者、決して社会のエリート・コースを歩んでいるとは言えない男と女が、思いがけず一心同体の存在となったとき、奇跡にも似た愛の可能性が鮮やかに目の前に開けてゆく。そしてそれは、孤独な人生に対する、ふたりのスリリングな“賭け”でもあった。
女は、鼓膜を振動させる補聴器の機械的な音を通して、毎日繰り返される何気ない日常をその身体に沁み込ませる。そして、その波動はつねに不快な周波数へと変調され、彼女の神経を絶え間なく浸蝕していく。まったくの孤独の世界の中で、彼女は静かにそれを外し、自宅の鏡台の前に立つ。そして、心の襞を一枚一枚脱ぎ捨てるように、一糸まとわぬハイヒール姿を、そこに映し出してみせるのだった。
男は、刑務所から出所したばかりの、ちっぽけなチンピラ。週一度の面会が義務づけられている保護監察官さえ持てあます無学な男だが、その痩身体躯に無造作な口髭を蓄え、袖口からは十字架のタトゥーを覗かせる。この長髪、革ジャンの男が醸し出す、野性味あふれる粗雑なセックス・アピールは、否が応にも女たちの視線を釘付けにせずにはおかない危険な魅力を放っている。
土地開発会社に勤めるOLカルラは、難聴というハンディキャップを抱えながら日々、書類整理や電話交換という遣り甲斐のないルーティンワークに追われていた。会社では、社長や同僚に軽んじられ、私生活では孤独を募らせる。そんなカルラの前に、ある日、粗野だがワイルドな魅力をたたえた青年ポールが、彼女のアシスタントとして現われる。ムショ帰りの保護観察付きの男と知りながら、ひと目で彼に言いしれぬ興味を抱くカルラ。一方、彼女が難聴ゆえの《読唇術》の持ち主であることを知ったポールは、カルラのそのメ特技モを利用して、闇の組織から大金をくすねる算段を思いつくのだった。

『リード・マイ・リップス』は、ハードボイルド・タッチの裡に、絶妙に錯綜する二組の人間の運命の悪戯を、辛辣なアイロニーと哀感豊かに描いた監督デビュー作『天使が隣で眠る夜』で、映画作家としてただならぬ才気を窺わせたジャック・オディアールの長編第3作である。彼は往年のフィルム・ノワールの名脚本家ミシェル・オディアールの愛息であり、自らも脚本や編集担当としてポランスキーの『テナント』やクロード・ミレールの『死への逃避行』などサスペンス映画の秀作に携わってきた。今回も《補聴器》《読唇術》といったいさかかフェティシュなマテリアルを印象的かつ効果的に劇中に織り込みつつ、前半の濃厚なラヴストーリーの予感から一転、後半はスリリングなサスペンスに趣きを急転させるというように、これまでの《ジャンル映画》の境界ぎりぎりにその可能性を押し広げた画期的な野心作を創りあげた。時に官能的でありながらミステリアス、そして孤独な人間の心に潜む愛の渇望を、きりきりするような激しい痛みを注ぎ込みつつ描きあげた、近年稀にみるクールかつエモーショナルな映像世界は、フランスで「心揺さぶる傑作」(ル・モンド)「美しく、力強い感動を呼び起こす」(プレミア)とマスコミからの大絶賛を受け、公開されるやたちまち口コミが広がり、興収450万フランの観客を動員するスマッシュ・ヒットを記録。
02年のセザール賞では『アメリ』独占かと思われた下馬評を鮮

ストーリー


鏡の前で、身づくろいを整えるひとりの女。無造作に肩まで伸びたブルネットの髪、淡いベージュの上っ張りにグレーの厚地のスカート姿の彼女は、決して美しいとはいえない。そして、最後に耳に補聴器をつける。まるで、外界のありとあらゆる幸福を一切、拒絶するかのような頑なさをその表情ににじませて。

彼女カルラ(エマニュエル・ドゥヴォス)は35歳独身、土地開発会社に働くOLである。彼女の日常は、もっぱら電話交換や書類整理、アポイントメントの確認といった雑務で忙殺されている。社員食堂でもファッション雑誌だけが友だちという、しかし孤独な彼女の胸中を慮るような者は、社内には誰もいない。
そんな得もいわれぬストレスと日々の仕事の重責からだろうか、ある日、カルラは抑えきれない眩暈を覚え、仕事中に社長の目前で卒倒してしまう。
こうして、社長から「アシスタントを雇うように」と命じられたカルラは、職安で「25歳の男性を」と求人広告する。「愛想が良く、背は高からず、そして手のきれいな」と、まるで新聞に恋人募集の広告を出すように。さらに彼女はいささか顔を赤らめながら、こう付け加えた「感じのいい人を」。もしかしたらそれは、年下の男を自由に扱き使いたいという、下心もどこかにあったのかもしれない。
カルラには唯一無二といってもいい女友達アニー(オリヴィア・ボナミ)がいた。アニーには夫と生まれたばかりの子どもが居る。彼女は我が子をベビーシッターよろしくカルラに押し付けて、ボーイフレンドとの不倫の逢びきに出かけてゆく。時には、カルラの部屋が情事の場となることも少なくなかった。アニーはセックスに関して能動的だ。彼女の大きく開かれたニットの胸の谷間を盗み見ながら、カルラは底知れぬある種の感情を抑えている。
そんな彼女の前に現われたのが、ポール・アンジェリ(ヴァンサン・カッセル)だ。長身の痩身体躯に、ボサボサと粗雑な長髪、だらしなく口髭をたくわえ、さらに左手の袖からは十字架のタトゥーがのぞく。手だって、決して綺麗ではない。そんないかにもアブナイ男を、しかしカルラは雇ってしまったのだ。最初はバイク便の男と見間違ってしまうくらい、求人広告の理想とは程遠い男。けれどそんな想像もしていなかった男の突然の登場に、カルラは言いしれぬ興味と好奇心を抱いたのだった。だからカルラは彼の正体が、刑務所から出所したばかりで、週一度の保護監察が義務づけられているケチのついたチンピラであることを知っても、さほど動揺することはない。その翌日から、カルラの仕事に対するポールへの厳しい指導が始まった。
ポール自身、パソコンはからっきしダメ、コピー機さえも満足に使いこなせない自分が、一般企業の就職などできるとは思っていなかっただろう。週一で訪れることが義務づけられている保護監察官マッソン(オリヴィエ・ペリエ)のもとを訪れた時も、当惑を押し隠しながら、こう報告するのだった。
「何かおかしい?あんたが勧めた低級な仕事よりマシだ」。
こうして、孤独だったカルラの昼食のテーブルには、ごく自然にポールが同席している。しかし、向こうのテーブルに座る同僚たちがふたりを見つめて冷笑を浮かべているのを目撃し、カルラは思わず視線を逸らしてしまう。「どうした?」と素直な好奇心をあからさまにして、カルラに訊くポール。「私には読唇術ができるの。彼らはこう言ってるわ。あんな男ができて、運のいいブスだって」。挙げ句の果てに下品な手つきをしてみせる同僚たち。「あとは、判るわよね」。もちろんカルラは自分が難聴ゆえのそんな特技があることを、ポール以外には明らかにしていない。彼女の複雑な乙女心が見え隠れする瞬間だ。
ポールが登場して以来、カルラの日常にもささやかだか変化が見られるようになった。ある日カルラは、アニーの愛人とのセックス話に思わず身を乗り出してしまう。けれども、「あるのね、肉欲の海に溺れるセックスって」という彼女の生臭い話にも「すごそう」と呟くだけで、カルラにはそのことがリアルに感じられない。
そんなある朝、ポールがオフィスの物置部屋に寝泊りしていることを知ったカルラは、慌てて彼に改装中のアパートの一室をあてがった。ポールが会社に寝泊りしていることが社長にばれたら、カルラの立場が危なくなると危惧してのこの行為を、ポールはカルラのセックスをちらつかせた愛の要求と誤解し、強引に彼女を抱きすくめてしまう。思いがけない事の成り行きに当惑するカルラは、反射的にポールの頬に平手打ちをして、部屋から飛び出してゆく。残されたのは、ポールの貌にほの浮かぶ掌の跡と、所在なげな訝しい表情だけだった。
翌朝ポールは、いつになく取り乱して号泣しているカルラの姿を見つける。昨日の自分の乱暴のせいとひたすら反省するポールに、カルラはこんな悪魔のような囁きをする。「ケレールの車から書類を盗んでノノ」。実はこれまでカルラが暖めてきたフレレ地区の土地開発の仕事を、巧みに社長に取り入った同僚のケレール(ピエール・ディオ)が横取りしたのだ。今朝は、その悔しさゆえの狂乱だったのだ。いまさらケチな犯罪者に戻りたくないと二の足を踏むポールに、カルラはとどめの一撃を口にする。
「私に借りがあるでしょ!」。
こと悪事に関しては、当然のことながらポールの方が一枚上手だ。彼はケレールの車から手際よくカルラの求める書類を盗み取り、件の仕事はふたたびカルラの手中に戻ってきた。
こうして、ふたりは奇妙な共犯関係で結ばれる。カルラは友人の誕生パーティにポールを誘った。長身でワイルドなポールの外見は、アニーたち、好奇心に満ちた女たちの視線を捉えて放さない。カルラはそんなポールと恋人同士を装いながらも、一方では彼からのキスにためらい、そして、ぎこちなくダンスをする。しばし、幸福の陶酔に有頂天となるカルラ。
しかし、カルラのそんなささやかな幸せも、翌朝には夢と消えてしまう。7万フランの借金を抱えていたポールが、会社に押しかけてきた借金取りに化粧室で叩きのめされ、血だらけにされてしまったのだ。たまたま個室に入っていたカルラは、その一部始終を目撃してしまう。
急いで社長の部屋から予備のワイシャツをくすね、それをポールに渡すカルラ。人目を気にして狭い個室に二人で隠れると、ポールはおもむろに彼女の前で汚れたシャツを脱ぎ捨て、その逞しい裸体を露わにする。男の体臭を密接に感じながら、次の瞬間、意外と繊細な彼の指が顔を覆ったとき、もはやカルラは胸の鼓動を抑えきれず、息をつまらせてしまう。
ポールは借金を返済するため、ヤクザのボス、マルシャン(オリヴィエ・グルメ)の経営するナイトクラブ《Le Rubis》のバーテンダーをすることにしたと言う。その彼の決断を聞いても、カルラにはなすすべもない。ただ彼が残した血まみれのシャツをアパートに持ち帰り、その残り香を慈しむように、胸の奥深くに嗅ぎ込むだけだ。そしてそのシャツに腕を通して、鏡台の前に立ち、全裸姿になるカルラ。
こうして、ポールは姿を消し、孤独の世界にふたたび舞い戻ったカルラは、食堂の遠く向こうのテーブルで談笑する社員たちの唇を、またしても無表情のまま盗み読む生活に舞い戻ってしまう。
数日後カルラの前に、初めての出逢いのときと同様に、ポールが突然、姿を見せた。彼から、「俺の働いてるクラブに来てくれ」と請われたカルラは、すっかりデート気分で舞いあがってしまう。アパートの自室で、再会の会話を一人芝居でシュミレーションし、いつもよりも装いに時間をかけて、郊外のナイトクラブに向う彼女の姿には、初心な女性のいじらしさが浮かんでいた。
ところがクラブに到着するやポールに強引に手を引かれ、連れて行かれたのは向かいのビルの屋上だった。かなたにエッフェル塔の明かりがほのかに瞬くそこからは、双眼鏡越しにマルシャンの部屋が臨めるのだ。ポールは、マルシャンと彼の部屋に出入りする男たちの会話を読唇して欲しいと、カルラに頼む。「どうして私が寒空の中、こんなことを?」と憮然とする彼女に、「儲かる話だ」とだけ答えるポール。しばし熟考したカルラは、ポールが会社に戻ってくることを条件に、この仕事を引き受けるのだった。
こうして、誰に打ち明けることもできない共犯関係で固く結ばれてゆくふたり。行き詰ったカルラの仕事は、ポールの暴力によって新たな突破口を開き、一方、カルラはマルシャンたちが銀行から大金をせしめようと計画していることをポールに伝える。いつしかポールは、カルラの胸もとにさりげなく視線を走らせるなど、彼女を女として意識している自分がいることに気づきはじめていた。カルラもまた、アニーから「彼とは会ってるの?」と、ポールとの関係を聞かれることに満更でもない歓びを感じていたのだった。
同じ頃、街では保護監察官のマッソンが、突然姿を消した妻のゆくえを追って、知人たちの間を彷徨っていた。捜索願いを出した方がいいという知人の勧めも聞き入れず、ただ妻の帰還を信じるマッソン。
あれからカルラは度々ポールの店を訪ねるようになる。ある夜、ポールの心配をよそに酔客と意気投合した彼女は、ひとり店の外に停めてあった車に戻ったところで、先の男たちに車中でレイプされそうになる。その窮地を救ってくれたのは、他ならぬポールだった。ポールの胸に顔をうずめて泣きじゃくるカルラ。お互いに愛の予感に心揺れ動かされながらも、何の行動を起こすこともできず、当惑するばかりのふたりである。
銀行からくすねたマルシャンの大金を、いよいよ強奪するタイミングを伺っていたある日、カルラはポールの着替えを取りに彼の部屋を訪れる。ポールの生活感がここかしこに漂う部屋の中で、彼女は寝袋に沁みついたポールの匂いを、まるで芳しい香水であるかのように愛でながら、陶酔の表情で床に横たわる。しかし、偶然彼の机の引き出し奥深くに、偽装パスポートとヨハネスブルグ行きの片道航空券が隠されているのを発見し、まさかポールはひとりで高飛びするのではとの、抑えきれない疑惑を抱いてしまう。しかし、その思いを振るきるように、カルラはマルシャンの留守を狙って部屋に忍び込み、冷蔵庫に隠されていた大金を盗み取った。
ところがそれに気づいたマルシャンは、ポールの仕業だと直感し、彼を浴室に監禁して暴行を加える。しかし、ポールが口を割ることはない。隣のビルの屋上から双眼鏡を通して、ポールがマルシャンに殴られている姿を目撃し、カルラはまるで我が身を痛めつけられているような錯覚に陥り、思わず顔をゆがめてしまう。マルシャンが仲間のカランボ兄弟から金の催促の電話を受け、浴室から姿を消した瞬間、手鏡に光を反射させて、自分の居場所をポールに伝えたカルラは、彼が唇に手をやり、必死にサインを送り続けていることに気付く。「もっとゆっくり ウイ、ウイ、そう判ったわ」。双眼鏡に眼をあて、ひたすらポールの口の動きを読み取ろうとするカルラの吐息は、我知らずのうちに、まるで愛の交歓ともつかぬ、熱い官能の溜め息へと昇華してゆくのだった。
こうして、ポールの指示を受けて、彼の隠し持っていた偽装パスポートと旅券を、マルシャンの高飛びの証拠として彼の妻とカランボ兄弟に信じ込ませるカルラの機転は、見事に功を奏した。マルシャンとカランボ兄弟は激しい銃撃戦の後、監禁先で相打ちして果てる。命からがら監禁から解き放たれたポール、そして彼に寄り添うカルラのふたり。もはや自由は手の届く場所にある。
ポールは、助手席にカルラと大金を乗せて、現場から逃亡する。言い様もない達感
がふたりの身体に充ちみちている。車がちょうど保護監察官の邸宅の前を通り過ぎようとしたとき、その通りの向こう側ではマッソンが妻殺しの容疑者として、警察に連行されていくところだった。カルラは、マッソンがこちらを向いて何かを語りかけていることに気付く。細心の注意をはらって、彼の唇を見つめる。マッソンは呟く。「俺は妻を愛していた、心から」。車は一瞬のうちに、彼から遠ざかっていく。
ポールとカルラを覆っていた固い過去の殻は、いつのまにか取り払われている。代わりに形容しがたい甘い空気がふたりを支配しはじめる。ウインドーを流れる外の景色が光を反射して、ふたりの表情はつぶさには読み取り難い。
果たして、ハンドルを握るポールの指先が這い伝う先は、カルラのスカートの奥深くだ。カルラは何の躊躇もなく、ポールの腕に身体を預ける。またウインドーの光が瞬いて、ふたりの気配を残したまま姿が見えなくなる……。

スタッフ

監督:ジャック・オディアール
脚色&台詞:トニーノ・ブナキスタ、ジャック・オディアール
製作:ジャン=ルイ・リヴィ、フィリップ・カルカッソンヌ
撮影:マチュー・ヴァドゥピエ
美術:ミシェル・バルテレミー
音楽:アレクサンドル・デスプラ
衣装:ヴィルジニー・モンテル
配給:シネマパリジャン

キャスト

ヴァンサン・カッセル
エマニュエル・ドゥヴォス
オリヴィエ・グルメ
オリヴィエ・ペリエ
オリヴィア・ボナミ
ベルナール・アラーヌ
セリーヌ・サミー
ピエール・ディオ
フランソワ・ロリケ
セルジュ・ブートゥルロフ
ダヴィッド・サラシーノ
クリストフ・ヴァンドゥヴェルド
ボー=ゴルチエ・ドゥ・ケルモアル
ロイック・ル・パージュ
ナタリー・ラクロワ
ローラン・ヴァロ
クリスチーヌ・コエンディ
イザベル・コベール
クロエ・モン
パトリック・ステルツェール
フィリップ・ウィントゥスキー
グラディー・ガンビー
モーリーヌ・二コ
キーナ

LINK

□公式サイト
□IMDb
□この作品のインタビューを見る
□この作品に関する情報をもっと探す