原題:atsumono

池端俊策初監督作品

1999年ベノデ国際映画祭グランプリ受賞 1999年モントリオール国際映画祭正式出品

1999年/日本/カラー/ヴィスタ/モノ/122分/配給・宣伝:シネカノン(青木)/宣伝:カマラド

2000年4月28日よりビデオレンタル開始 1999年10月23日より、銀座シネ・ラ・セット他にて全国ロードショー

公開初日 1999/10/23

配給会社名 0034

解説

今から約1200年前に中国から日本に渡来した菊は、江戸時代中期から後期にかけて一大発達した。今日見られる栽培菊の系統はほとんどこの時代に創り出されたものであり改良に次ぐ改良で、今や芸術作品と言って良いほどの花を咲かせる。
菊は中国同様日本でも高貴な植物の一つとされ、着物や調度などの紋様としても最も頻繁に使われている意匠のひとつである。豊麗で雄大に盛り上がって咲く厚物、繊細で優雅な管物など、菊の魅力は語り尽くせない。
そして高貴でありながらどの家の庭先にも見かけたような馴染み深さを持ち、日本人の心象風景に咲きつづけてきたのが菊の花だ。
どんな植物でも愛情をもって接することによって見事な花をつけるものだが、菊もまた、家族同様の愛情を必要とする植物である。丹精することにより、それに応えてくれる魅力ある花として一度作れば病みつきとなり、“咲いて十口、狂って十日”と言う江戸菊をたとえた言葉にもあるように、どこまでも深みにはまるのが菊作りである。
「あつものがね、うまく咲いたんだ、今年はね」
ここに、菊のあつもの(厚物)を咲かせることだけに情熱を傾けて生きてきた二人の男がいる。
杢平は、寡黙に菊だけをじっと見続けてきた男。黒瀬は世の中の恨みを菊に込め、したたかに生きてきた男だ。もうひとり、生きる目的を見つけられないでいる女ミハルを交えて二人が出会い、人生の秋の数日間に一瞬の勝負をかけた。
『イエスの方舟』『約束の旅』『百年の男』など国内外多数の受賞作で、国際的にも評価の高い脚本家池端俊策が、長年温めてきた脚本をもとに初監督作品を撮り上げた。
池端俊策が常にこだわってきたのは、決して軽さだけでは描ききれない、生きるための背骨のようなものだ。手に入れたはずの社会や個人の豊かさ、その引き替えの悲劇とも言える希薄になった家族関係、人々の孤独の増幅…。援助交際、一家心中など、それぞれのモチーフが決してひと事でないリアリティをもって迫ってくるなか、孤独や失望の中で織り成される人間模様はやがて、生きることへの力強い肯定を描き出していく。
主演は日本映画界を代表する役者・緒形拳。池端作品の顔として、脚本の字面に見えていない裏側、そのもう一つ裏側を演じつづけてきた。そしてヨーロッパを拠点に役者及び演出家として活躍するヨシ笈田、ベテラン勢にひけをとらない堂々たる演技をみせた小島聖。ほか、豪華キャストがこの処女作に顔ぶれを連ねている。
この映画のもう一方の主役・あつもの(厚物)とは、大菊の種類で、多弁でまり状に咲く種類のことを言う。強くしなやかに咲く菊の花には、人を魅せ、惑わす不思議な魔力がある。菊の厚物咲きの大群を目にした時、その豊麗、雄大な魅力に対して誰もが無関心ではいられなくなるだろう。

ストーリー

北陸の小さな町の消防士だった馬野杢平(まのもくへい)(緒形拳)は、大菊の厚物を仕立てる事では北陸の名人と呼ばれるほどの腕前を持っている。だが文字通り「消防と菊だけの人生」を寡黙に過ごしてきた男だ。定年を機に妻の夏美が東京郊外の精神病院に入院し、杢平は息子夫婦の住む関東近郊へ身を寄せる。夏美(大楠道代)の入院は、孤独から生じたアルコール中毒の治療の為だ。息子夫婦(田辺誠一・清水美砂)も土地の権利や借金などで問題を抱えている。しかし杢平には菊作りを捨てることは出来ない。
 北関東には全国的に名を知られた菊作りの名人、黒瀬玄一(ヨシ笈田)がいる。その実力は折り紙付きだが偏屈で欲深い黒瀬は地元の同好会の間で悪名高く、山奥に一人で暮らしている。杢平が菊にのめり込んだのは、少年時代に黒瀬が作った厚物に魅せられたことがきっかけだった。杢平はこの年齢になるまで、常に黒瀬を意識しながら菊を作りつづけてきた。
ある日、杢平は地元の菊同好会の集いをきっかけに音大生のミハル(小島聖)と出会う。チェロを専攻しているミハルは自分の才能に限界を感じている。両親は転勤で遠く離れ、弟と二人暮らしの彼女は小遣い稼ぎのため老人相手に体を触らせたり、デートをしているが、孤独や無力感が埋まることはない。杢平はミハルの道案内で黒瀬の家を尋ねるが、黒瀬は杢平を差し置き、彼女に対して並々ならぬ興味を示す。
黒瀬は杢平に、ミハルと交換で自分の菊の秘密を教えようと取引を申し出る。ミハルを黒瀬の家に連れていった杢平は、肥料の作り方を書いた紙をもらい、すぐに彼女を残して帰ってしまう。ところがそこにはありきたりの調合しか書かれていなかった。杢平は騙された悔しさとミハルを利用した自己嫌悪に苛まれる。
 夕刻になって、隣家の老人笠森(中村嘉葎雄)がやって来た。今日は息子の嫁の誕生日会だという。愉しそうにダンスを踊る息子(杉本哲太)や子供達の姿を眩しそうに眺める杢平。やがて無事に戻ってきたミハルが杢平の家にふっと現れ、一晩を過ごす。彼女に「どこを触ってもいい」と言われる杢平だが、そっと足に口を寄せただけだった。
翌朝、杢平は放心した笠森を見つける。工場の借金を苦にした息子は宴を終えた深夜、一家心中を図っていたのだ。
 再び黒瀬がミハルに近づいてきた。小遣い欲しさと好奇心で誘いに乗ったミハルだが、鬼気迫る黒瀬から逃げようとし、首を絞められて意識を失う。ミハルを殺したと勘違いした黒瀬は、後から追ってきた杢平に向かって本当の肥料の秘密を教えるから見逃してくれと訴える。杢平は自分のやり方で黒瀬の菊を負かしたいと告げ、息を吹き返したミハルを連れてその場を去る。
そして迎えた四日後の、<関東大菊花展>。杢平と黒瀬はそれぞれ実力に違わぬ厚物を出品した。杢平の顔にはかつてない緊張が見える。様々な思いと人生が交錯していく中、杢平は果たして黒瀬の菊を打ち負かすことが出来るだろうか。

スタッフ

監督・脚本:池端俊策
製作:李鳳宇/中村雅哉/國實瑞恵
プロデューサー:池端俊二
撮影:栃沢正夫
美術:池谷仙克
照明:島田忠昭
録音:横溝正俊
編集:大島ともよ
衣裳:斉藤育子
ヘアメイク:小沼みどり
助監督:梅原紀且
制作担当:紺野生/清水啓太郎
音楽:岩代太郎
広告美術:井原靖章
広告写真:藤代冥砂
製作:シネカノン/日活/アンシャンテ
制作協力:ケイファクトリー
協力:社団法人全日本菊花連盟
中山義秀『厚物咲』(第7回/昭和13年度芥川賞受賞作)

キャスト

緒形拳/小島聖/ヨシ笈田
大楠道代/清水美砂/杉本哲太
田辺誠一/光石研/三谷昇
串田和美/中村嘉葎雄/財津一郎

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