いままでしたかったこと、全部して。

2004年/日本/カラー/35mm/127分/ 配給:スローラーナー

2006年02月24日よりDVDリリース 2005年7月2日、ユーロスペースにてロードショー

公開初日 2005/07/02

配給会社名 0048

解説


坂道の多い小さな町。まだ薄暗い夜明け、牛乳瓶の詰まった鞄を背負って、今日も彼女は家々のあいだをひた走る。
大場美奈子。50才、独身。朝は牛乳配達、昼はスーパーで働き、日々を暮らしている。
毎夜ひとりのベッドでする読書。頁をめくるかすかな音が、ひっそりとした家にこだまする。静かな生活。
ただひとつ、胸の奥のあの人を忘れることが出来たなら。

同じ町の市役所に勤務する高梨槐多は、毎朝近付いて来る牛乳瓶の澄んだ音に、じっと耳を傾けている。
遠ざかる彼女の足音。隣には病気の妻・容子が眠っている。
槐多はざわめく心を押し殺して、再び目を閉じる。

誰よりも大切な人。
けれど、触れ合うことはおろか、目を合わせることもできずに、
美奈子と槐多は、幼い恋を胸に秘めたまま、30年以上の時間を別々に生きて来たのだ。

ある日容子は、夫の昔の恋人が美奈子だったと知る。牛乳を飲まない夫が配達を頼んでいる…。
その瞬間、ふいに輪郭をあらわす古い過去。まもなく死んでゆく私が、妻として、最後に夫に出来ること。
やがて容子は、すがるような思いで、ある“願い”を美奈子に託す。私が死んだら、どうか夫と一緒になって欲しい…。

沸き上がる熱い想いが、美奈子の心をきつく締めつける。何かが始まってしまう。
槐多は突き動かされるように美奈子を抱き締めた。

「いままでしたかったこと、全部して…。」

溢れ出す切なさが、二人を飲み込んでゆく。ずっとずっと、あなたに触れたかった。震える指。
物語は瞬く間にほどかれてゆく。最後の頁が閉じられるそのときまで…。
誰もが心に秘める、忘れることのできない大切な人。
もしその人と触れ合うことが出来たなら、何日あってもきっと足りない。
だって、長い長い間、あなただけを想って来たのだから。

2000年、『独立少年合唱団』でベルリン国際映画祭新人監督賞を日本人として初めて受賞した緒方明監督が、
脚本に再び青木研次を迎え共に描いたのは、中年男女の不器用な恋だった。

出演は、少女時代の恋を忘れることが出来ず、50才になっても独身のままでいる主人公、大場美奈子に、田中裕子。
密かな想いを胸に秘め、強い表情の下に途方もない孤独と戸惑いを隠す美奈子を、
時折見せるはっとするほどの美しさで、見事に演じ切っている。

また、美奈子への愛を穏やかな暮らしの中に必死で押し込める高梨槐多に、岸部一徳。
深い想いを顔に出さず、淡々と病気の妻を看護する優しい夫の姿は、時に色気さえも感じさせる。

更に、高梨槐多の妻・容子に、女優として復帰後は、本格的な映画出演は本作が初となる、仁科亜季子。
自分の死後、別の女性へ夫を託す複雑な役を、美奈子とは対照的なはかなく柔らかい透明感で、演じている。

薄青い夜明けの町、なだらかな坂道、牛乳瓶の澄んだ音、ほんの一瞬だけ交差する二人の視線…。
端正な映像と美しい音楽が綴る、ぎこちなくて大切な、最初で最後の大人の恋。

ストーリー


過ぎ去りし日、中学校の教室で、大場美奈子の作文が読み上げられる。

「……お兄さんやお姉さんたちはこの町を出て行くけれど、
私は出ていかない。一生この町で生きていく……」

時は流れ、モザイクタイルのように山肌に家々が張りつく、まだ夜の明けきらない町。坂道を古びた自転車で走る女性。
50歳になった大場美奈子だ。牛乳販売店に着くと、店主と一緒に軽トラックに牛乳を積み込み、出発。
ある地点で美奈子は降り、ズック袋に牛乳を入れ、坂道を登る。玄関先の牛乳箱を開け、空き瓶を取り出し、新しい牛乳瓶を入れる。

独身の美奈子は、牛乳配達を終えるとスーパーに出勤してレジを打つ。
夜は本がたくさん詰まった家でひとり過ごす。そんな美奈子を見守っているのは、亡き母親の友人だった皆川敏子だ。
敏子は痴呆症にかかった夫の真男を介護しながら小説を書いている。毎朝、美奈子は敏子の家にも牛乳を配達する。

美奈子は、中学の同級生だった高梨槐多の家にも牛乳を届ける。
市役所の福祉課に勤務する槐多は、末期癌の妻、容子を自宅で看病している。
かつて高校時代、美奈子と槐多は付き合っていたのだが、
美奈子の母親と槐多の父親が自転車に2人乗りして交通事故に遭い亡くなったことから、疎遠になってしまった。
だが美奈子はずっと槐多への思いを胸に抱きつづけてきたのだ。

その思いを美奈子はラジオのDJに匿名で書き綴る。
「私には大切な人がいます。でも私の気持ちは絶対に知られてはならないのです……」

スタッフ

映画:緒方明
プロデューサー:追分史朗、畠中基博
脚本:青木研次
撮影:笠松則通
照明:石田健司
美術:花谷秀文
音楽:池辺晋一郎
衣装:宮本まさ江
配給:スローラーナー
製作:パラダイス・カフェ

キャスト

田中裕子
岸部一徳
仁科亜季子
上田耕一
杉本哲太
鈴木砂羽
香川照之
渡辺美佐子

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