原題:FREE WHEELS EAST

2010年/イギリス/94分/カラー/スタンダード(4:3)/ステレオ/デジタル上映) 後援:ブリティッシュ・カウンシル、㈶日本サイクリング協会、NPO自転車活用推進研究会 協力:東京都自転車商協同組合 提供:エデン、シナジー・リレーションズ、デジタルプラス、ポニーキャニオン 配給:エデン:シナジー・リレーションズ

2011年11月3日(祝・木)より東京都写真美術館ホール、銀座シネパトスにてロードショー

©2010 THE END PRODUCTIONS Ltd.

公開初日 2011/11/03

配給会社名 0113/0341

解説


従兄弟のジェイミー・マッケンジーとベン・ウィルソン。イギリスの大学を卒業したばかりの2人はそのときまだ何者でもなかった。彼らは社会に出る前に、今しかできない、そして誰もやったことのない冒険へのチャレンジを思い立った。それは空路を使わない、海路と自転車での“7大陸走破”。一番の目的は世界を心ゆくまで見ること。それには自転車が最適だった。彼らはプロの冒険家ではなく、自転車の専門家でもなかった。長距離旅行をした経験もほとんどないまま、ガイドブックはおろか、さしたる大金も持たずに飛び出した彼らの旅は明らかに準備不足だった。しかし、彼らは湧き上がる冒険心をエネルギーに、持ち前のバイタリティで様々な困難を乗り越え、一歩ずつ夢を実現させていく。

2005年4月6日、イギリスを出発し、英仏フェリーに乗った2人はフランスのダンケルクに到着、そこから自転車でヨーロッパ大陸をロシアのモスクワへ向けて走り、シベリア鉄道で北京へ向かうとそこから再び自転車で、西安を経て四川省の山岳地帯を抜け昆明へ、さらにラオスに入り、マレーシア半島を走ってシンガポールに到着。運よく無賃で乗せてくれるオーストラリア行きの貨物船を見つけて、メルボルンに到着。資金不足に陥った彼らは、そこで旅の過程を小冊子にして街頭で販売するという手段に打って出る。冊子は予想を超えて1万部も売れ、資金を確保した彼らは旅を続行する。さらに2人は南極へ向かう貨物船と交渉し、見事南極大陸上陸に成功、次に南米のチリにたどり着き、北米をめざし、ついにアフリカ大陸のモロッコからタンジールへと走り続ける…。
大草原での深呼吸、南極でのペンギンとのサイクリング、灼熱地獄の後のマクドナルドでの休憩、タイでの事故や南米での病気、数百回のパンクなどなど、7大陸33カ国を巡り、3年に及ぶ波乱万丈の旅の終わり、2人の若者は出発時とは比べ物にならないほど自信に満ち、強く、大きく成長していた…。

空前の自転車人気にエコロジー・ブーム、誰もが夢や希望を失いつつある迷える時代に贈る、青春アドベンチャー・ドキュメンタリー。『モーターサイクル・ダイアリーズ』の好奇心、『イントゥ・ザ・ワイルド』の解放感、『冒険者たち』のロマン、『美しき冒険旅行』の成長物語…。ベンとジェイミーの危なっかしいながらも前向きな大冒険は、見る者すべてに元気と感動を与えてくれるはずです。

撮影および監督は、主演の2人、ジェイミー・マッケンジーとベン・ウィルソンが自ら手掛け、詩的な脚本をベンが執筆。プロデュースを担当したのは、途中、中国で旅にも参加するベンの弟のジャック・ウィルソン。全編をアコースティック・ギターの旋律で彩る音楽はベンとジャックの作曲、演奏によるもの。2人の旅をより印象深く謳うナレーションは『E.T.』、『エリン・ブロコビッチ』の名優ピーター・コヨーテが担当している。

ストーリー




旅の行程

2005年4月6日、イギリスを出発したジェイミー・マッケンジーとベン・ウィルソンは英仏フェリーに乗り、フランスのダンケルクに到着した。そこから自転車でベルギー、オランダ、ドイツ、ポーランド、ベラルーシとテントで野宿をしながらヨーロッパ大陸をロシアへと走る。途中、ベンがひざを痛め、ベンの自転車が何度もパンクするというアクシデントもあったが、2人は、ようやくモスクワに到着する。
モスクワではベンの弟で大学生のジャックが夏休みの期間限定で合流、シベリア鉄道で118時間かけてモンゴルのウランバートルに着いた彼らは、ジープで広大なゴビ砂漠を見学し、北京からの自転車の旅への英気を養った。ジャックは北京で自転車を買ったが、その自転車はすぐにチェーンが切れ、何度も故障して2人の足手まといになってしまう。言葉の通じない中国で道に迷い、埃と排気ガスにまみれながら、3人はどうにか西安に到着。新学期の授業開始が迫ったジャックはそこでイギリスへ戻っていった。
2人はさらに蘭州へ向かい、アバ草原の広大な自然を満喫する。そこから四川省の山岳地帯へ向かい、大渡河に行き着く。2人は大地震の後の危険地帯で地滑りや落石を避けながらさらに高地を走り、昆明に到着する。ジェイミーはそれまでの過酷な旅で足を痛め、2週間滞在することになる。
ジェイミーの足は完治していなかったが、彼らは先を急いだ。ラオスを抜け、タイで3カ月過ごしたが、そこでベンが事故に遭い大怪我をしてしまう。数週間後、2人は再出発し、マレーシアからシンガポールへとマレー半島を駆け抜けた。
シンガポールでは無賃で乗せてくれる貨物船を探してさらに数週間を過ごす。運よく彼らの旅に賛同する船主と出会った2人は、プリンセス・メアリー号でオーストラリアのフリーマントルにたどり着いた。ヒッチハイクでメルボルンまで来た2人の資金は底をつき、すでに無一文になっていた。そこで2人は、出発前から作ってあった自分たちのホームページに加筆し、それをプリントアウトしてこれまでの旅を写真入りでまとめた小冊子を作り、メルボルンのブラウンズウィック通りに立って売り始めた。彼らの思惑以上に冊子は売れ、ついには1万部を売り切って、2人は見事に残りの旅の資金を集めることに成功した。
彼らの次の目的地は南極だった。2人は交渉の末、南極に向かうノルウェー船に乗船許可をもらい、5メートルの波が船を翻弄する大荒れの船旅を経て、まずタスマニア島の南東にあるマッコリー島に上陸。ペンギンやゾウアザラシを間近に見て感動し、その後ついに念願の南極大陸上陸を目指す。小雪の舞う中、雪と氷に覆われた南極大陸に自転車と共に上陸した2人は、すべる氷の上で自転車を走らせた。その滑稽な光景を好奇心旺盛なペンギンたちが見つめていた。その後、氷点下の海での海水浴まで体験した2人は、ニュージーランドで南米のエクアドル行きの船を見つけることに成功する。42日間の船旅を経て、チリに着いた2人は、自転車でアタカマ砂漠を北上し、ペルーを目指した。ペルーではベンが頭痛を訴え、医師に髄膜炎と診断されて数週間の療養生活を強いられる。回復の兆しが見えた頃、2人はバスでコロンビアに移動すると、北の海岸からパナマに向かうヨットに乗せてもらい、そこからコスタリカ、ニカラグアへと自転車を走らせ、ついにアメリカ国境を越える。
テキサス州イーグルパスからコーパスクリスティまで自転車で移動した2人は、モロッコ行きの船に乗せてもらい、ついにアフリカ大陸に到達。カサブランカからタンジールを自転車で走り、人類史上初めて、飛行機に乗らずに全7大陸を自転車で走破するという夢を実現させた。
2007年7月、2人はダンケルクから英仏海峡フェリーでドーバー港に向かった。彼らが同じ場所から旅立ってから927日が過ぎていた。ドーバー港では2人の家族が暖かく出迎え、ささやかながら賑やかなパーティが開かれた。

スタッフ

監督:ジェイミー・マッケンジー、ベン・ウィルソン
製作:ジャック・ウィルソン
脚本:ベン・ウィルソン
製作総指揮:アダムシンガー
撮影:ジェイミー・マッケンジー、ベン・ウィルソン
編集:ロバート・M・マラコウスキ・Jr.、ベン・ウィルソン、ジャック・ウィルソン
音楽:ベン・ウィルソン、ジャック・ウィルソン
ナレーション:ピーター・コヨーテ

キャスト

ジェイミー・マッケンジー
ベン・ウィルソン
ジャック・ウィルソン

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