原題:JOY DIVISION

2007年/イギリス=アメリカ/カラー/93分/
配給:トランスフォーマー+スローラーナー

2008年12月19日よりDVDリリース
2008年5月17日(土)より、渋谷シネ・アミューズにてロードショー
2008年5月24日(土)より、レイトショーにて上映

(c)Hudson Productions Ltd, 2007

公開初日 2008/05/17

配給会社名 0248/0048

解説




ニュー・オーダーの前身であり、今なお伝説として影響を与え続けるバンド、ジョイ・ディヴィジョンとは、何だったのか?そして、『24アワー・パーティ・ピープル』、『コントロール』で描かれたイアン・カーティスの真実の姿とは…。「メランコリーな感じにするのは嫌だった。俺はただ、みんなの頭を切り落とすような感じにしたかったんだよ。」ピーター・フック(ニュー・オーダー)

それは、76年にセックス・ピストルズがマンチェスターを訪れた時から始まる。観客が50人にも満たなかったライブ。しかし、その演奏に衝撃を受けた4人の若者がバンドを結成するのだ。まず、バーナード・サムナーとピーター・フックが、そしてヴォーカリストとしてイアン・カーティスが参加する。彼らは、後にバンド名を“ナチス・ドイツ将校専用の慰安所”=ジョイ・ディヴィジョンと名付け、瞬く間に熱狂的な若者の支持を集めた。心の揺れと軋みを結晶 させた音楽。口ごもるようなイアンのヴォーカルと高速で痙攣するようなダンス…。まもなく、ピーター・サヴィルによる恒星爆発時の電磁波形がデザインされた1stアルバム『アンノウン・プレジャーズ』がリリースされる。「このアルバムを聴き返すのは嫌なんだ。とてもダークな作品だからね。俺たちはまだ21歳だったけれど、家族の病気や死をたくさん見て来た。その経験が俺たちをシリアスな人間にしていたんだ…」とバーナード・サムナーは言う。バンドの活動は加速し、同時に「まるで悪魔に取り憑かれているみたいだ」とメンバーが語った狂気がイアンを襲う。そして、全米ツアーに出発する前日の1980年5月18日、イアンは、わずか23才で自らの手で命を断ったのだ。抜群のアートワークを持つ2枚のアルバムと、痛々しいまでの絶望と孤独を歌った音楽を残して…。『ジョイ・ディヴィジョン』は、失われてしまったバンドへのレクイエムではない。中断されることによってバンドは、永遠となった。映画は、その誕生を祝福する。

ジョイ・ディヴィジョンの貴重な初公開ライブ映像、関係者へのインタビュー、新たに発見された録音テープ…。パンクの熱狂の後、彼らはどんな“場所”に生きていたのか?「これはただのバンドの物語ではなく、マンチェスターという街の栄光と衰退の物語だ。かつて輝き、革命的だったにも関わらず、その輝きを失ってしまった街の…」トニー・ウィルソン(ファクトリー・レコード創始者)

監督は、レディオヘッドのツアーを追ったドキュメンタリー『ミーティング・ピープル・イズ・イージー』で高い評価を集めた映像作家、グラント・ジー。これまでほとんど目にすることのできなかった、ジョイ・ディヴィジョンの貴重な初公開ライブ映像に加え、関係者へのインタビュー、プライベートフォトや新たに発見された肉声テープなどを通して、イアン・カーティスを、そしてジョイ・ディヴィジョンを振り返る。ニュー・オーダーとして現在も活動を続けるメンバーであるバーナード・サムナー、ピーター・フック、スティーヴン・モリスをはじめ、スロッビング・グリッスルのジェネシス・P・オリッジ、ファクトリー・レコードの伝説的オーナー故トニー・ウィルソン、グラフィックデザイナーのピーター・サヴィル、写真家であり映画『コントロール』を監督したアントン・コービン、イアンの愛人だったジャーナリスト、アニーク・オノレなどの証言…。ジョイ・ディヴィジョンとは何だったのか?そして、イアン・カーティスとは何者なのか?

パンクの熱狂の後で、彼らはどう生きなければならなかったのか? この作品は、これまで決して語られることのなかったジョイ・ディヴィジョンの物語を解き明かしていくとともに、彼らを生んだマンチェスターの、イギリスの、社会的・政治的な変化の時代を浮かび上がらせていく…。

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