原題:FLANDRES

カンヌ国際映画祭審査員グランプリ受賞。世界を席巻した愛の寓話。

第59回カンヌ国際映画祭 グランプリ受賞

2006年8月30日

2005年/フランス映画/1時間31分/ドルビーSRD/シネスコ 後援:フランス大使館文化部/提供:ニューセレクト  配給:アルバトロス・フィルム

2008年01月09日よりDVDリリース 2007年4月28日よりユーロスペースにて公開

公開初日 2007/04/28

配給会社名 0012

解説


世界は終わる。愛は生まれる。

黄金の穂を揺らす、フランドル地方の小さな村。フランドル絵画に嵌め込まれたようなその土地は、田園が美しさを増すほどに人々の狂気を静かに発酵させていく。少女バルブはあらゆる人間の罪を背負うように男たちとセックスを重ね、バルブを強く想うデメステルは彼女の狂気に導かれるように、世界の果ての戦場へと駆り立てられていく。内出血したような様相をたたえるバルブの魂は、内包するものを散らすように精神を破綻させてしまう。しかし帰還したデメスターの罪までも受容し、やがて世界は赦されていくのだった・・・。

人間にとって避けられない、性と暴力という最も根源的な主題を真正面からみつめ、深い洞察と内省に満ちた独自の映像世界を提示し、常に烈しい賛否両論を巻き起こしてきたブリュノ・デュモン監督が、またしてもセンセーショナルで衝撃的な傑作を放った。
長篇第一作『ジーザスの日々』(97)でカンヌ国際映画祭のカメラドール特別賞(新人賞)、および傑出した才能を持つ新人に与えられるジャン・ヴィゴ賞を受賞し、第二作『ユマニテ』(99)ではカンヌ国際映画祭審査員グランプリ、最優秀主演男優賞、最優秀主演女優賞を受賞した。そして最新作『フランドル』は、06年カンヌ国際映画祭で再度審査員グランプリを獲得し、ブリュノ・デュモンは文字通りフランスのみならずヨーロッパを代表する若き巨匠のひとりとして正当に認知されたといえるだろう。
『ジーザスの日々』で、無軌道な若者たちの怠惰で暴力的な日常を描き、『ユマニテ』では、少女強姦殺人事件を捜査する刑事の精神的な苦悩を追求したブリュノ・デュモンが『フランドル』で描き出すのは、9・11以後の、戦争が日常化したかのような混沌とした様相を呈する黙示録的な戦慄すべき光景であり、その終末観に満ちた世界のなかでさえも、あらゆる人間の原罪を受け止め、そして赦しを与えていくマグダラのマリアのごとき少女の姿だ。荒漠とした悪意に満ちた人間の有り様は、世界の終わりを予見する。しかしその地割れした世界にさえも、かすかな雫を見出すのも人間であることを映画は予見していく。

フランドル絵画のごとき美しき風景のなかで、本能的な生き様を映し出す

冒頭、題名にもなっているフランドル地方の美しい鄙びた牧歌的な田園風景が映し出される。フランドル地方はベルギーと国境を接するフランス最北端に位置する地域を指す総称だが、とくに西欧美術史においてフランドル絵画は独自のユニークな位置を占めている。なかでも十七世紀のサロモン・ファン・ロイスダール等に代表される風景画は、視点の高さや視界の広がりが強調され、地平線の位置が下がるにつれて森の木立、麦畑、なだらかな丘陵に対比されるように空や雲の描写が際立つ独自の静謐な構図が大きな特徴となっている。
『フランドル』でまず驚くのは、この十七世紀の風景画から抜け出たような絵画的な構図をたたえたフランドル地方の風景の息を呑むような美しさである。ブリュノ・デュモンはかつて「わたしの映画は絵画から発想されている」と述べたことがあり、『ユマニテ』でもクールベやミレーの絵画の構図が意図的に援用されていたが、『フランドル』では彼の故郷でもあるフランドルの風景そのものが重要な役割を担っている。しかしこの美しい景観には、人の気配がほとんど感じられない。視界に入ってくるのはヒロインのバルブと、退屈をもてあましあてどなく往還する若者たち、そして家畜の群ればかりである。その美しい森のなかで、バルブは幼馴染のデメステルとセックスをする。バルブは男友だちのブルンネルとも関係を持ち、彼の子を宿している。パブで視線が合った男にはすかさず秋波を送り、誘いにのってしまうバルブは「ふしだらな」女の烙印を押されている。バルブが森の中で、納屋のなかで男たちと繰り返すセックスは、まるで動物たちのような本能的で無感動な生殖行為の反復のごとくタッチで描かれる。ブリュノ・デュモンはあたかも昆虫を観察する学者のごとき冷徹な眼差しで、本能的な人間の姿をスケッチしていく。

やがて交わされる愛の言葉

しかし、戦場にかりだされた男たちを描く中盤から、映画は大きく変貌を遂げる。森が点在し、緑したたる美しいフランドルの風景とはまったく対極にある、石の家や塹壕と乾いた黄砂が吹き荒れる荒涼たる戦場は、地域はまったく特定されてはいないものの、漠然と中東のイメージを喚起させる。そこは、剥き出しの暴力によって支配された世界であり、そこで繰り広げられる凄惨な戦闘や殺戮とパラレルな形でバルブは精神に変調をきたし始め、遂には精神病院へと送られる。たとえば男たちがひとりの女兵士を輪姦する傷ましい光景があり、後にはその女兵士によって、その若者の一人が恥辱に満ちた方法で復讐されるというおぞましくも衝撃的な描写が累積されていく一方で、狂気にとらわれたバルブも極限まで追いつめられていく。
当初、淫蕩な女という印象を抱かせたバルブは、この戦場の地獄図のような光景と対比されることによって、若者たちの絶望や悲惨をたったひとりで引き受ける癒しの役割を担った存在のようだ。そしてその魂が内出血したようにのた打ち回り、苦悩にさいなまれる姿は、次第にドストエフスキーの『白痴』に登場する壮絶な美しき運命の女ナスターシャのごとき神々しさすら帯びてくるのである。

長い白昼夢から醒めたかのように戦場からの帰還を遂げたデメステルは、バルブと再会する。戦場で見たことを問われても、口ごもるばかりのデメステル。しかし精神病院での体験を率直に語るバルブは、全てを赦し受容するマグダラのマリアのごとき聖化された雰囲気が漂っている。それゆえにラスト、納屋に横たわったふたりが交わす愛の言葉が忘れがたい印象を残すのである。
『フランドル』は、あからさまな政治的な寓意や声高なメッセージ、プロパガンダ的な意図や主張は一切存在しないが、見る者に今ある世界の残酷なありようについて深い思索を促し、研ぎ澄まされた思考を、強い、そして何よりもささやかな希望の原理を説く稀有な作品といえるだろう。

ストーリー



 フランス最北部・フランドル地方の小さな村。麦の穂が美しく地平線を揺らすが、そこに人の気配はほとんどない。神のみが住まうような場所。あるいは動物だけが生きるのを許されるような場所。しかしそこにもわずかに人間が住まう。少女バルブ(アドレイド・ルルー)もそこに生きる。
 彼女の周りには幾人かの男たちが取り巻いている。デメステル(サミュエル・ボワダン)、ブロンデル(アンリ・クレテル)そういった男たちの一人。デメステルはバルブに心を奪われている。ブロンデルは彼女を村で唯一のカフェで誘った。
 そしてそんな男たちと彼女はそれぞれセックスを重ねる。男たちは排泄行為をするように彼女を求める。彼女は声をあげることもない。森の中で、家畜小屋で行われるそれは、動物同士の生殖行為のように無機質に行われる。
 デメステルはバルブへの強い想いを自分でもどう扱っていいかわからない。広大な農地を日々耕すなかで、その感情は肥大していく。
 しかし彼はバルブとブロンデルが仲睦まじく連れ立っているのを目にしたことで動揺し、かすかにぶれていく。風景がより広大さを増し、デメステルにのしかかる。
 そんな男たちの想いとは別に、バルブはすべての人間の罪悪を引き受けるように、セックスを重ねる。しかし引き受けられた罪は、バルブのなかで行き場を失っていく。

 男たちは戦場に赴く。いまや戦争は世界中のどこでも行われている。彼らを戦場に連れて行くトラックが到着する。彼らがどこに行くのかわからない。世界の果てなのかもしれない。
 男たちがいなくなったその地で、バルブはさらに男を求める。

 砂塵が吹き荒れるような色彩の失われた土地で、乾いた銃声の音が木霊する。色彩が失われた土地とはいえ、その地もやはり圧倒的な自然が主役だ。
ゲリラ隊として戦場に赴いたデメステルとブロンデルたち。彼らの兵士としての暴力行為は日に日に残忍さを増していく。子供を殺す、女兵士を幾人もでレイプする。しかし自分たちの仲間もすでにだいぶ失われた。

一方バルブは日に日に精神のバランスを失っていく。男たちの戦場での行為がエスカレートするのに呼応するように、体のなかにガラスの破片を蓄積させていた。内出血したようなバルブの精神の痣はどんどん広がり、彼女を蝕んでいく。
精神病院の車が到着し、彼女を別の場所へ運んでいく。彼女は自分の中で魂が破裂する音を聞く。白い壁がめぐらされた病室で、彼女の絶叫が反響していく。

ブロンデルが仲間からはぐれた。残った兵士たちも、道すがらひとりの農民を惨殺したことで、ゲリラに捕えられる。敵の陣地に到着するとすでに捕まっていたブロンデルが暴行をうけていた。そして以前レイプした女兵士が、捕まった彼らを弾劾しようとしていた。仲間の一人が彼女に選ばれ、敵の男たちによって局部を切られ残忍に殺される。悲鳴だけが木霊するが、地平線はその声を飲み込んでいく。
混乱に乗じてその場から逃れたデメステルとブロンデルは、風景が突然変わったかのような熱帯雨林の中を逃げている。しかしブロンデルは足を撃たれ動けなくなる。敵が迫っている。デメステルはブロンデルを見捨てることを瞬間的に考える。彼は数日前、ブロンデルから「バルブが自分の子を宿している」ということを聞かされていた。ブロンデルはデメステルに見捨てられると悟ると、絶叫する。神の怒声のように。
デメステルはひとり帰還した。

フランドルの風は、以前と同じように青々とした穂を揺らしていた。デメステルは農具を動かす。果てしない農地はまたしてもデメステルを飲み込む。バルブとセックスをする。何が変わって何が変わらなかったのか、デメステルにはわからない。しかしバルブの一言で彼は反転していく。「ブロンデルを見捨てたのね」という断罪の言葉。彼女はすべてを見ていたのだと言う。彼のそばを離れるバルブ。
しかし彼女は再び戻ってくる。彼は真実を告白する。バルブはデメステルを包み込む。溶解した涙がデメステルの頬を伝う。初めてふたりは抱き合う。「愛してる」「わたしも」。世界が赦されていく。

スタッフ

監督・脚本:ブリュノ・デュモン
エグゼクティブ・プロデューサー:ジャン・ブレア/ラシッド・ブシャレブ
プロダクション・マネージャー:ミュリエル・メルラン
ライン・プロデューサー:ミシェル・グリモー
チュニジア/ライン・プロデューサー:アビデラジズ・ベン・ムルカ
撮影監督:イヴ・カペ
音楽:フィリップ・ルクール
編集:ギー・ルコルヌ
ミックス:エマニュエル・クロゼ
音楽編集:ピエール・シュークルン
キャスティング:クロード・デボネ
メイク:ナタリー・リゴー
衣装:セドリック・グルナピン/アエクサンドラ・シャルル
デジタル特殊効果:EXCALIBUR
フランス製作会社:3B PRODUCTIONS
共同製作会社:ARTE FRANCE CINEMA/ CRRAV NORD-PAS DE CALAIS
          LE FRESNOY/Studio National des Arts Contemporains

キャスト

バルブ:アドレイド・ルルー
デメステル:サミュエル・ボワダン
ブロンデル:アンリ・クレテル
ブリッシュ:ジャン=マリ・ブルヴァール
ルクレルク:ダヴィッド・プーラン
モルダク:パトリス・ルヴァン
中尉:ダヴィッド・ルゲ
フランス:インジュ・デカエステカー

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