パビリオン山椒魚

『パビリオン山椒魚』を観ることは、新しい体験である。
全く新しい映画が、３人の若い力を中心に誕生した。
３０男のトゥルー・ロマンスとして見れば、東京都⇔静岡県笛午村版『ワイルド・アット・ハート』か？恋の盲目作用により人格まで新しくなるレントゲン技師・飛鳥芳一に扮するのは、『メゾン・ド・ヒミコ』(05)からTV『時効警察』(06)まで！触れ幅大なれどシュアな演技力で日本映画を牽引するオダギリ　ジョー。
少女の成長物語として見れば、『あづき・イン・ワンダーランド』か？みんなどこか愛すべきバカさを持つ登場人物群の中で唯一まともな女子高生・あづきを、『リンダ・リンダ・リンダ』(05)のクールな演技が記憶に新しい香椎由宇が時に少女らしく、時に大人っぽく演じている。
しかし、この映画は観る者のハートによって、サラマンドル、いや、カメレオンのように変化する映画だ。
監督は、今年31歳の冨永昌敬。自主制作映画の短編／中編が、宮沢章夫、宮台真司、青山真治、阿部和重らにより絶賛。海外の映画祭でも賞を取る。ひょうひょうとした若き天才監督が、構想５年、満を持して撮った長編劇場用映画第１弾が『パビリオン山椒魚』である。

浅草・花やしき仕様の、ジェットコースター・ムービー。
キャスティングも憎い。脇を高田純次、麻生祐未らベテランと光石研、津田寛治、斎藤陽一郎ら実力派が固め、KIKI、キタキマユらマルチな才能を持つ美女に、富永組の杉山彦々も参加した。
スタッフは、映画美術の鬼才・仲前智治をはじめとする名うての人々と、70年代生まれの若い世代のリミックスだ。
音楽は、9.11以降のカルチャー・ヒーローと書いても過言ではない、音楽家・音楽講師・文筆家の菊地成孔が担当。冨永の才能を以前から買って自身のPVも依頼した間柄だけあり、ジャズからエレクトロニカ、おまけにマーチまで！と映像とあうんの呼吸のサウンドトラックを１本の映画とは思えない種類と量、クリエイトした。
冨永監督は、レントゲン車を美しく撮るためにアメリカン・ヴィスタ・サイズを選ぶシネフィルぶりを発揮する一方で、１本の映画の前半でベルナルド・ベルトリッチの『暗殺の森』(70)に、後半でサモ・ハン・キンポーの『五福星』(84)に通じる映画的快楽を盛り込んだとうそぶく。
ハリウッド製の何も考えないで楽しめるエンタテインメント映画のことをジェットコースター・ムービーと呼ぶけれど、『パビリオン山椒魚』は真逆、いや、民家すれすれに、軋みながら、爆走する怖さと楽しさが売りの浅草・花やしき仕様のジェットコースター・ムービーだ。冨永監督は、観客の脳内に「なぜの嵐？」を巻き起こしながら暴走していく。結果、僕らは客席にふんばりながら目と耳をフルスロットルにさせねばならない。
鈴木清順の『殺しの烙印』(67)や、ルイス・ブニュエルの『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』(72)が公開された時にも似て、物議をかもしそうな話題作の登場である。