原題:ELENI, LA TERRE QUI PLEURE

2004年ベルリン映画祭正式出品 2004年ヨーロッパ映画賞国際映画批評家連盟賞受賞

2004年/ギリシャ・フランス・イタリア・ドイツ/2時間50分/1:1.66/DTS/ドルビーSRD 日本語字幕:池澤夏樹 提供:フランス映画者+紀伊国屋書店 配給:フランス映画社

2005年11月26日よりDVDリリース 2005年4月29日(祝)より、シャンテ シネほかロードショー 2005年6月4日(土)より、渋谷ユーロスペースにて続映!

(C)THEO ANGELOPOULOS, GREEK FILM CENTRE, ERT S.A., BAC FILMS S.A., INTERMEDIAS S.A., ARTE FRANCE, CLASSIC SRL 2004

公開初日 2005/04/29

配給会社名 0094

解説


 「エレニの旅」はテオ・アンゲロプロス監督が「永遠と一日」(98、カンヌ映画祭パルムドール大賞)いらい6年ぶりに完成した待望の新作で、長編第12作。構想に2年、撮影に2年をかけ、ついに堂々たる新たな傑作が誕生した。ヒロインの名はエレニ。ギリシャ女性によくある名前であり、ギリシャの愛称でもある。難民として、ギリシャ現代史をひたすらな愛で旅していくエレニには、ギリシャそのものの姿が投影されている。
 物語は1919年から1949年にいたる。ロシア革命で赤軍がオデッサに入城してオデッサから追われ、逆難民となって帰国する一群のギリシャ人たち。エレニはオデッサで両親を失った孤児だった。人々は<ニューオデッサ>村を築き、エレニはスピロスの養女として育ったが、スピロスの息子アレクシスの子供をみごもった。生まれた双子のことは絶対の秘密だった。とりわけスピロスには。アレクシスはエレニに、いつかふたりで河から水の流れのはじまりを探しにいこうと約束する。やがて成長したエレニをスピロスが娶ろうとし、エレニは結婚式の場から逃げてアレクシスとテサロニキに去る。救ってくれたヴァイオリン奏きのニコスは、アレクシスがアコーデオンの名手であることを知っていた。アレクシスは、アコーデオンの腕で、いつかアメリカに行けるかもしれないと夢みる……。
 叙情詩の風格の物語をアンゲロプロスならではの映像美で心にしみいるように語りかける。長さが特徴として語られるアンゲロプロス映画だが、一秒一秒の映像美の持続が心に響く人にとっては、長いどころか短いとさえいえる映像美。そうした美をさらに追求するために、「エレニの旅」は、映画ほんらいの手作り姿勢に徹することから始まった。難民たちが生活する大きな村落が二つ。これを実際につくりあげ、それぞれ百軒以上の家々にスタッフや俳優たちが住んで暮らしたうえで撮影にかかった。しかも、村のひとつ<ニューオデッサ>は、自然のなかにのどかな姿をあらわす前半から、大洪水で水没し、後半では水中になかば没した姿で主役のように美しいのが驚異的だ。CG技術を排除し、ひたすらアナログに徹して、映画ほんらいの美しさを実現する、そうした冒険と確信がこの映画全体にがっしりと根をはっている。
 企画の当初の題名が<トリロジア>で、1本の長編で20世紀全体を描く構想だったことが知られている。しかし上映時間が膨大になりすぎることから、3本の映画としてそれぞれが独立した構成で製作することになり、その第1作が「エレニの旅」となった。
第2作は1949年から1972年、第3作は20世紀末のニューヨークに至る構想だ。「エレニの旅」の撮影は2001年秋に開始。2003年秋に最後の撮影があがるまでの2年間に内容は脚本よりもさらにふくらみ、当初の構想に匹敵するコンセプトとエネルギーが注ぎこまれて、2004年のベルリン映画祭で<ザ・ウイーピング・メドウ>として発表した。しかし部分的に3部作としての流れへのこだわりが残っていたため、その後、綿密な再編集をへて「エレニの旅」の決定版が完成した。上映時間は、最初の版からなくなったカットがありながら、新たなカットが加わって、最初と同じ2時間50分になった。時間は同じだが、決定版では1本の長編としての完成度がさらに深くなっている。日本公開題名は、アンゲロプロスとの討議をへて「エレニの旅」と決まった。
 制作スタッフは「ユリシーズの瞳」いらい同じ脚本陣に、撮影は「こうのとり、たちずさんで」いらい常連のアンドレアス・シナノス、美術も「旅芸人の記録」いらい常連のパッツァスと「永遠と一日」のディミトリアディスのコンビだ。製作はアンゲロプロス夫人であるフィービー・エコノモプロス。
 音楽は「シテール島への船出」から全作品を担当しているエレニ・カラインドルー。
数々のテーマ曲が全編を美しく彩るが、この映画での音楽は映画音楽以上の役割を果たしている。主人公アレクシスはアコーデオンの名手。彼がバンドに参加したくなるように音楽で誘いかけるシーン、和解しようとしない子供たちに音楽が聞こえてくるシーン、そして、アメリカに発つアレクシスに白布のむこうからお別れの挨拶が聞こえるシーンなど、全編での音楽の登場がお楽しみだ。
 ヒロインのエレニは、アンゲロプロスが母カテリナへのオマージュとして造型した人物で、古代ギリシャ劇の悲劇のヒロインと現代性とをあわせもつ新人女優アレクサンドラ・アイディニが起用された。エレニとのひたすらな愛を生きるアレクシス(アレクサンドロスの愛称)には若手演劇俳優のニコス・プルサニディスを抜擢。一家の長で暴君タイプの父親スピロスは「霧の中の風景」のヴァシリス・コロヴォス。ヴァイオリン奏きのニコス役には、アンゲロプロス映画に初登場だが、劇団の名優で主役の二人の師でもあるヨルゴス・アルメニス。「旅芸人の記録」のエヴァ・コタマニドゥがスピロスの姉役で、「アレクサンダー大王」いらいの常連ミハリス・ヤナトスがマネージャー役で登場して脇をかため、アンゲロプロスの長編第1作『再現』でヒロインのエレニ役を演じたトゥーラ・スタトプロウが、幻覚に襲われるエレニを介抱する老婆役で登場している。
 《雨と詩情のギリシャ。これほどにも完璧に、あふれる情熱で、リアルで叙情的な映画をつくる作家はいない》(イタリア、スタンパ紙)、《デジタルとコンピューターの時代にアンゲロプロスは映画の原型をうちだした》(ドイツ、ディー・ウェルト誌)など、絶賛につつまれて、「エレニの旅」はいま世界中を旅している。

ストーリー


1919年頃、ギリシャのテサロニキ湾岸の荒れた草野に、東をめざして歩きつづけている人々がいる。ロシアのオデッサに移民として行き、革命の勃発と赤軍のオデッサ入城で、命からがら逃げてきた逆難民のギリシャ人たちだ。頑強な40才がらみの男スピロスが、一行の長だ。病弱な妻ダナエ、5才の息子アレクシス、そして、アレクシスの手を求めて放さない幼い少女がいる。名前はエレニ。オデッサで両親を失なった孤児だった。

およそ10年後。スピロスたちが築いた<ニューオデッサ>の村には、家々がたちならび、子供たちの学校もあれば、教会もある。その村に、一艘の小舟で少女エレニが戻ってくる。妊娠して、ひそかにテサロニキで出産して、生まれたふたごを裕福な商人夫妻の養子にしてもらった、そうしたすべてのはからいを、スピロスの妻ダナエがすませて、スピロスの姉カッサンドラにさえ一言もはさませなかった。なにより恐ろしいのは、ふたごの父親がアレクシスだということ。それをスピロスが知ったら、その場でエレニを殺すだろう・・・。その夜、スピロスが弟たちとオデッサの日々を偲んで歌う間、アレクシスは庭の闇のなかでエレニに言う。
「いつかふたりで、河のはじまりを探しに行こう」。

数年後、妻ダナエがなくなり、スピロスは成長したエレニを娶ろうとする。姉カッサンドラや弟たちの反対を押してスピロスは結婚式を強行したが、エレニは花嫁姿のまま逃げ出して、アレクシスとふたりで村を後にする。
救ってくれたのは、ヴァイオリン奏きのニコスだ。アレクシスがアコーデオンの名手であることをニコスは知っていた。ニコスはふたりをテサロニキにともない、市民劇場に案内する。なんとそこは、22年のスミルナ敗戦で逃げてきた難民たちが住みついて、桟敷席ひとつひとつが難民たちの家になっている劇場アパートだった。劇場に住まいをえてほっとするが、ここはテサロニキ、エレニはすぐにも二人の子供たちに会いたい。音楽院に行き、ピアノを連弾しているヤニスとヨルゴスをみつめるが、陰からのぞき見るだけで、挨拶さえできないのが、エレニには、身を切られるようにつらい。

テサロニキの港には別な難民グループの集落があり、洗ったシーツが無数に広場にひるがえるさまから<白布の丘>と呼ばれていた。その坂上には、クラリネット吹き兼マネージャーのジシスがいろんなバンドマンを集める<音楽の溜まり場>がある。誰もいない溜まり場に、音楽が聞こえてくる。アレクシスをバンドに誘おうとするニコスの粋なはからいだった。アコーデオンの腕が認められれば、いつかはアメリカに行けるかもしれない。アメリカは人々の夢だ。

そんな夜、劇場にスピロスが酔って入ってくる。花嫁に逃げられた恥をどうしてくれると花婿姿でわめくスピロス。ニコスは二人を<白布の丘>に逃がす。二人は一軒のあばら家に住むが、スピロスに追われている幻想から逃れられない。
ニコスはバンドを組んで巡業に出ると、アレクシスを誘う。しかし時代の暗い影が田舎町にも及んで、得意先の酒場は閉店。自由に音楽をやりたい聞きたいというだけで、左翼とみなされてしまう時代の波だ。工場の労働者と親しいニコスと、警察と怪しい関係のジシスの仲が険悪になっていく。ジシスはアレクシスが安酒場でのバンド演奏にいや気がさしているのを見抜いて、アメリカ行きを計画している大物マルコスにひきあわせる。自分が置き去りにされると恐れたエレニは花嫁姿で港に行き、来ない船を待ち続ける。

やがて二人は子供たちと対面するが、ヤニスもヨルゴスもうちとけてくれない。しかし雨の日の<音楽の溜まり場>でようやくうちとける子供たち。ママと呼ばれたエレニは嬉しさに涙ぐむ。

工場労働者が人民戦線への参加とゼネストの決議集会を開いて弾圧された日の夜、ニコスは、ジシスにけしかけられて、祭を開こう!と闇のなかの群衆に呼びかける。

歌って踊る祭のさなかに、スピロスがあらわれる。息子アレクシスに演奏させ、仮面の美女を選んで踊って権勢を見せつけるスピロスだが、仮面をとった女がエレニとわかって心臓発作を起こし、その場で息たえる。エレニの復讐か?いや、殺したのは僕だ、とアレクシス。

難民の弔いは水上で。筏にのせられたスピロスの棺を中心に、アレクシス、エレニたちが沈黙の葬儀を行なう。

父の死で<ニューオデッサ>のなつかしい家に、晴れて子供たちもひきとって、一家四人の暮らしが始まろうとしたその時に、村人たちのスピロスへの怨恨が襲いかかった。大事な木に羊たちが見せしめに吊り下げられ、家には投石が果てしなく続く。
そしてその夜、思いもせぬ災難が村を襲った。大洪水が起きて、<ニューオデッサ>は一夜で河と化してしまう。家々も、カフェも、教会も、子供たちの学校も。夜、村人たちは対岸で火を焚き、呪いを祓う儀式をしてそれぞれに村を捨てて去る。  アレクシスたちは再びテサロニキの<白布の丘>へ。

ファシズムの嵐が吹き荒れるなか、ニコスは警察に追われ、アレクシスは家にこもってふさぎこんだが、アメリカへの出発が迫った日に、広場に出た。ムッソリーニのイタリアに進軍する右翼ファランギストたちが列車で歌って通りすぎた後、白布と白布の間から音楽が聞こえてくる。ミュージシャンたちからのアレクシスの出発への別れのあいさつだ。が、銃声が聞こえ、白布のなかで、ニコスが最後をとげる。
かくまいきれなかったと、エレニは嘆く。

アレクシスがマルコスの一行とアメリカに発つ日がきた。エレニたちをアメリカに呼びよせることを約束しての、港での別れ。
アメリカからのアレクシスの手紙。
《ニューヨーク、1937年3月5日。命からがらの船旅で到着したが、アメリカは夢とはまるで違った。それでも、君たちを早くよびよせるために日夜働いている・・・。》
その返事を書こうとしていた夜、エレニは、ニコスを匿った罪で逮捕された。

入獄から出獄。そしてまた逮捕されて入獄。アレクシスからの手紙はとぎれとぎれに届く。世界大戦へのアメリカの参戦が近いこと、一家を早くアメリカに呼び寄せるために米軍兵士になって市民権を得る決心をしたこと。手紙をくれ、手紙を・・・。

エレニが最後の牢獄から釈放されたのは内戦が終結した1949年。
息子ヤニスは国軍側の兵士として戦死していた。エレニは気を失い、かつて村の住人だった老婆に助けられながら、幻覚にとらわれ、幻聴に襲われる。
「看守さん。水がありません。石鹸がありません。子供に手紙を書く紙がありません・・・。看守さんの制服がまた変わりましたか?緑はドイツ。あなたはドイツ人ですか? 名前はエレニです。反逆者を匿った罪です。今度はどこの牢獄ですか? 看守さん、水がありません・・・」。

老婆はエレニを、内戦の戦場に案内する。今も厳しい監視が続く小高い丘。そこは、内戦で敵と敵に別れた国軍兵士のヤニスとゲリラ軍兵士のヨルゴスが最後に出会った場所だ。兄弟は、母エレニが牢獄で死んだと聞いたと、抱きあって泣く。

ヤニスは戦死したが、ヨルゴスは? あの丘の向こうにと老婆が言う。
走り出すエレニ。丘の向こうにこつぜんと、水に沈んだ<ニューオデッサ>のなつかしい家があらわれ、オキナワで戦死する前夜のアレクシスの手紙の声が聞こえてくる。
《1945年3月31日、ケラマ島。6万の米軍戦隊でいよいよ地獄の戦闘に出撃する・・・。》
舟で着いた家に愛しいヨルゴスの遺体が・・・。そして愛しいアレクシスの声が・・・。
《昨夜、夢で、君とふたり、河のはじまりをさがして山の奥深くに行ったよ。いただきに小さなくさむらがあり、君が緑の葉に手をさしのべ、葉から水がしたたり落ちた、地に降る涙のように・・・。》 

スタッフ

監督・脚本:テオ・アンゲロプロス
製作:フィービー・エコノモプロス
脚本:トニーノ・グエッラ、ペトロス・マルカリス、ジョルジオ・シルヴァーニ
撮影:アンドレアス・シナノス
美術:ヨルゴス・パッツァス、コスタス・ディミトリアディス
音楽:エレニ・カラインドルー
衣装:ユーリア・スタヴリドゥー
配給:フランス映画社

キャスト

アレクサンドラ・アイディニ
ニコス・プルサニディス
ヨルゴス・アルメニス
ヴァシリス・コロヴォス
エヴァ・コタマニドゥ
タリア・アルギリウー
ミハリス・ヤナトス
トゥーラ・スタトプロウ

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