堕天使のパスポート

夢の実現のために、しなやかに強く生きる女性と、彼女を無償の愛で守りぬく男性の姿を描いたヒューマンドラマの傑作

トルコからロンドンへやってきた移民のシェナイ。彼女が望んでいるのは、母親とは違う自由な生き方と、ささやかな幸福。
そのためには、1通のパスポートが必要だった。シェナイは選択する。自分の命をかけて、夢をかなえる道を…。

2003年度のアカデミー賞でオリジナル脚本賞にノミネート。英アカデミー賞2部門、ヨーロピアン・フィルム・アワード4部門のノミネートに加え、イヴニング・スタンダード英国映画賞、英インディペンデント映画賞、サンディエゴ批評家協会賞など、数々の作品賞に輝いた『堕天使のパスポート』。『アメリ』のオチャメなヒロインぶりで世界中の観客を虜にしたオドレイ・トトゥが、ロンドンの片隅で生きる移民役に挑んだ本作は、1通のパスポートに託された夢の実現に向けて、今この瞬間を生きる姿を、リアルなまなざしでみつめたヒューマンドラマの傑作だ。

　オドレイが演じるのは、ロンドンのホテルでメイドの仕事をするトルコ人のシェナイ。社会の底辺で虫けらのように扱われる日々の中で、彼女は、従姉妹のいるニューヨークへ渡り、自由に生きることを夢見ていた。だが、同じホテルに勤める同居人のオクウェが、ホテルにまつわるショッキングな秘密を知ってしまったことから、シェナイ自身もメイドの仕事を続けられなくなってしまう。新しく勤め始めた縫製工場で、性的虐待の脅威にさらされるシェナイ。辛いことばかりの毎日の中で、いつしか萎んでいくニュートーク行きの夢。現実は容赦なく、シェナイの目の前から、汚れなき天使として生きる選択肢を奪い去っていく。ついに彼女は決意する。自由へのパスポートを手に入れるために、あのホテルで行われている秘密の取引に関わろう、と。それは、死と背中合わせの危険な行為。そして、そんなシェナイの決断を知ったオクウェは、自ら危険の渦中に飛び込み、全力で彼女を守りぬこうと心に誓う…。
　ごく一般的なツーリスト・クラスのホテルの一室で行われるおぞましい取引。その秘密を知ってしまったがために、人生を翻弄されていく無力なシェナイ。ロンドンの〈人種のるつぼ社会〉にスポットを当て、移民として生きるしかない弱者の現実をエッジのきいたタッチで描写していくドラマは、社会問題に根ざしたサスペンスの要素もはらみながらダイナミックに展開。大逆転の趣向を凝らしたクライマックスで見る者を驚かせ、シェナイとオクウェがそれぞれの未来に向かって旅立っていくラストでは、切なくもホロ苦い感動を味わわせてくれる。

新たな魅力を開花させたオドレィ・トトゥと実力派のキャスト
　そんな光と影が錯綜する物語の中で、新しい魅力を開花させるのが、ヒロインに扮したオドレィ・トトゥだ。殺伐とした都会の生活に心と肉体をボロボロに傷つけられながらも、なお夢に向かって生きようとするシェナイ。翼を折られた天使のような脆さと、たったひとりで孤独に耐え抜こうとするタフさが同居する役柄に体当たりの熱演を見せるオドレイは、撮影のためにトルコ訛りの英語も取得。初のイギリス映画に、堂々と演技派女優の存在感を刻みつけている。そのシェナイを守護天使のように見守るオクウェに扮するのは、『ラブ・アクチュアリー』などで活躍する舞台出身の新鋭キウェテル・イジョフォー。自身の過去にまつわる苦悩と葛藤を抱えつつ、高潔さを失わない不法滞在者のオクウェのキャラクターに誠実な魅力を光らせた彼の演技は、英国内外の批評家から絶賛を浴び、イヴニング・スタンダード英国映画賞、英インディペンデント映画賞、サンディエゴ映画批評家協会賞の主演男優賞を受賞。さらにヨーロッパ映画賞にもノミネートされた。このオクウェとシェナイのあいだに、それぞれの心の孤独を埋めあうかのような切ない純愛が芽生えていくところも、作品の大きな見どころだ。
　脇を固めるキャストにも、個性的な顔触れが揃った。シェナイとオクウェが勤めるホテルを常宿にする心優しき娼婦のジュリエットを演じるのは、『GO NOW』『ジャッカル』のほか、英国のTVで人気を博しているソフィ・オコネドー。同じホテルでドアマンをするイヴァンには、『プッシャー』で知られるクロアチア出身の怪優ズラッコ・ブリッチ。オクウェの中国難民の友人グオイには、『スパイゲーム』のベネディクト・ウォン。さらに、秘密の取引を牛耳るホテル支配人のファンの役どころで、『ニノの空』『ハリー、見知らぬ友人』のセルジ・ロペスが出演し、巧みな悪役演技を披露する。

名匠スティーヴン・フリアーズ監督をはじめ各賞に輝いたスタッフ
　
監督は、『危険な関係』でアカデミー賞、『グリフターズ／詐欺師たち』で米アカデミー賞にノミネートされた名匠スティーヴン・フリアーズ。「オリジナルティがあって新鮮なものを探しているうちに、移民社会に行き着くのは自然なことだ」と語る彼は、出世作の『マイ・ビューティフル・ランドレッド』を彷彿させる真摯なまなざしで、ロンドンのマイノリティたちの世界をヴィヴィッドに描写。同時に、登場人物たちが仕組む一発逆転の計画をスリル満点に描き、作品を、ある種の痛快感を伴ったエンターテインメントに仕上げている。ヒネリのきいた脚本を手がけたのは、本作で英国のアカデミー賞、アメリカ脚本組合賞、ヨーロッパ映画賞などにノミネートされたスティーブン・ナイト。撮影は、『キリング・フィールド』と『ミッション』で2度アカデミー賞に輝いたクリス・メンゲスが担当。ロケーションの魅力をいかしたライブ感のある映像を作り上げ、ヨーロッパ映画賞の撮影部門にノミネートされている。