2003年/長編ドキュメンタリー映画/カラー/16mm/94分 配給:ドキュメンタリージャパン 制作・著作:ドキュメンタリージャパン

2003年9月6日よりポレポレ東中野にてモーニングショー

サブ題名 Part1 自立への2000日

公開初日 2003/09/06

配給会社名 0393

解説

「障害者」という言葉を使うことに対し、はじめのうちはかなりのためらいがありました。けれども、6年間にわたる取材期間で、彼らのおかれている世界がどれだけ世間一般から隔離され、無視されているのかを知った時、あえて「障害者」と呼ぶことにしたのです。
きっかけは1995年1月、阪神大震災直後の神戸、瓦礫の山の中を車椅子に乗って精力的に走り回る障害者のグループに出会ったこと。彼らは被災した障害者仲間の安否を気づかって、神戸に来ていました。
「ひとり暮らしだから、部屋の中で車椅子から落ちたり、コンロの火で火傷をしても誰も助けに来てくれない。そのままじっとしている他ないんですよ。」
まず車椅子に乗った障害者が「ひとり暮らし」をするということに驚きました。さらに、どうしてそんな危険を冒してまでひとりで暮らす必要があるのだろうか?そんな疑問からこのドキュメンタリーは出発しました。
翌年、障害者団体から話を聞くことから取材が始まりました。障害者がひとり暮らしをすることを「自立生活」と呼んでいることも知りました。しかし、どうしても分からないことがありました。「『自立する』ということが、危険と引き換えにしてまで、ひとり暮らしをする理由に果たしてなるのだろうか?」。理解できないまま時間が過ぎていきました。そして1年間の調査を経て、自立生活への一部始終を撮影させてくれるという3人の男女に出会いました。3人とも40歳を目前に控えた、脳性まひによる身体障害者。脳性まひによる障害者の平均寿命は50歳だという俗説があり、そのことが殊更彼らの背中を押しているように見えました。身体障害者の世界の何をどう描くのか、それらはまだ茫洋として、何も見えてはいませんでした。ただ、彼らにはもう時間がないのだということははっきり分かりました。それからの6年間、無我夢中でカメラを回し続けました。迫りくる期限に追い立てられるように、必死に社会に出ていこうとする彼らを見ていくうちに、彼らの住む世界と一般の社会の間に大きなギャップがあるのだということを何度も痛感させられました。彼らが障害者であること、そのことをまずしっかりと社会に認識してもらわなければならない。そんな願いをこの「障害者イズム」というタイトルに込めました。

「このままじゃ終われない、それはここに登場する3人の障害者たちの心の叫び、そして、私たち取材スタッフそれぞれ共通の心の叫びでもあるのです。マスメディアに登場する障害者は、ほとんどの場合「特別な人」です。パラリンピックの選手、障害に悩まされながらも偉業を成し遂げる人、花形職業から一転して車椅子生活を余儀なくされた人、何万人に一人という不治の難病に侵されてしまった人。悲劇、感動秘話…、ですが私たちの隣にいる「普通の」障害者たちに関する関心はほとんどないと言っても過言ではないはずです。
「自由のない施設を出てひとり暮しをしたい」というごく当たり前のこと。それすらも「夢」になってしまうのが彼らの現状なのです。いざ自立への挑戦を実行に移したときの、社会や肉親の抵抗。日常的な障害者への差別(就職、労働条件、恋愛、住宅、飲食店への出入り)に対する怒りと失望。自分たちの存在すらも気にしてもらえない悪意のない「無視」。そして不自然な姿勢を強いられることから肉体機能が衰えていく「二次障害」という時限爆弾。平均寿命50歳という俗説。迫りくるデッドラインを見据えながら、彼らは「自立」という「当たり前」の夢に向かって走り続けています。普通だからこそ普通の人生を送りたい。それが夢でなくなるときまで彼らは「このままじゃ終われない」のです。
私たち取材スタッフは、いつ完成するのか見当もつかないままカメラを回し続けました。取材期間は6年間、収録テープは200時間を超えました。他の仕事をしていても心はいつも現場にありました。
「何にかえても取材現場に戻りたい。」そんな不思議な魅力がスタッフを放しませんでした。自立を目指し、社会の壁に幾度となく立ち向かう障害者たちのひたむきな姿勢や、小さなことにでも心の底から一喜一憂し、素直に感動を表現する彼らのありのままの姿は、私たちに「生きる」ということを教えてくれました。同時に障害者たちの前に厳然と存在し続ける大きな壁の存在を世に知らしめる使命も感じていました。ですから、私たち取材スタッフにとっても「このままじゃ終われない」のです。

ストーリー

1997年4月、山梨県甲府市にある障害者療護施設。自立を目指す身体障害者、小池公男さんの居室からカメラは回り始める。自立に向けて活動を開始した小池さんの前に、困難な問題が次々と現れてくる。経済的な問題、入居している施設の冷たい反応、不慣れな行政との交渉、そして、今まで面倒を見てきてくれた家族の反対。
そういう気が遠くなるような長い道をともに歩いてくれる仲間がいた。「自立ネットワークやまなし」の仲間達。親や施設から独立し、一人の人間として当たり前のことである社会参加を実現することを目指す身体障害者の集まりだ。東京の先進的な障害者組織に教えを仰ぎながら、小池さんと「自立ネットワークやまなし」の戦いが始まる。しかし、行政の対応は、思った以上に冷たかった。「他人に迷惑をかけて、一人でアパートに住むことが、本当の自立と言えるかね」福祉事務所は、まともに取り上げようとはしない。
さらに、思いがけないもう一つの壁が立ち塞がる。それは、社会の無関心。自立生活を支えて行く上で不可欠のボランティアが集まらない。目立たない「普通の」障害者であることがブレーキをかける。
小池さんは、甲府での自立をあきらめ、制度が整い、ボランティア組織も充実している東京での自立に方向転換してしまう。
もう一人、自立を目指した中込さん。「他人に迷惑をかけないで」という家族の反対に阻まれる。中込さんは、家族の理解を得るために少しずつ準備を進めていく。まず、施設の職員さんの理解を得る、家賃の安い県営住宅に入居できるように知事に陳情を繰り返す。無給のボランティアを募集する、少しずつ家族の信頼を獲得していった。そして、4年後の2000年10月、中込さんは県営住宅に入居、自立生活を始めた。その矢先に中込さんを二次障害が襲う。身体障害によって長年圧迫してきた頸椎が痛み、利き手の左手が動かなくなってしまった。
2002年、日原さんが事務局長を務める「自立ネットワークやまなし」は、NPO法人の資格を取った。日原さんは、障害者の仲間のために働くことに生き甲斐を感じるようになっていく。
小池さんは、東京で自立生活を始めようか、仲間と共に故郷の山梨で自立しようか迷いの中から抜け出せない。
40歳を前に、それぞれが様々な障壁と闘ってきた。少し出遅れたけれども、社会人としての人生を歩もうとしている。
これは、20周遅れの青春レース、6年間の記録である。

スタッフ

監督:山田和也
撮影:山口誠、大野夏郎、吉田耕司
技術:内山浩二、平尾光明、大山高史、宮原貴紀
調査・取材:本所稚佳江
演出補:山田美奈
EED:池田聡
整音・音響効果:吉田一明
音楽制作:東京日野Soul K
イラスト・題字:長野亮之介
編集協力:伊藤誠
ポストプロダクション:ネオP&T
技術協力:三友VTC、オフィスぽいら
印刷:ウエットウェア
キネコ:笠原征洋(ヨコシネ ディーアイエー)
構成協力:橋本佳子
プロデューサー:本木敦子

キャスト

小池公男
日原一郎
中込恵美

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