原題:SOIGNE TA DROITE

1987年度ルイ・デリュック賞受賞

1986年/フランス/カラー/82分/イーストマンカラー/ドルビー/日本語字幕:松岡葉子 配給:ハピネット・ピクチャーズ

2005年11月25日より<限定版>DVDリリース 2003年4月5日よりシネセゾン渋谷にてレイトショー

公開初日 2003/04/05

配給会社名 0187

解説


『右側に気をつけろ』(1987)は、ジャン=リュック・ゴダールが商業映画に復帰した『勝手に逃げろ/人生』(1979)から数えて、7本目の35ミリ長篇劇映画である。初のアメリカ映画となる『ゴダールのリア王』の監督料の小切手が不渡りになったのをカヴァーするため、ゴーモン制作で撮られた。80年代ゴダール作品の頂点とも言い得る快作で、その活劇性と詩的イメージの奔流ぶりは、60年代における『気狂いピエロ』に匹敵する位置を80年代のゴダール作品のなかで占めている。

ここでは、3つの物語が同時進行する。ひとつは、ゴダール自身が演ずる白痴(もしくは公爵殿下と呼ばれる)の話。白痴に電話が入り、物語をつくり、映画にして、今夕の封切りに間に合うように首都に届ければ、過去の罪は許されると告げられる。白痴は35ミリのフィルム缶を運ぶために、飛行機で旅立つ。二つ目は、新しい音を探し求めているロック・ミュージシャン<リタ・ミツコ>のレコーディングの光景である。三つ目は、「地上にひとつの場所を」(これは最後に現れる映画中映画の題名でもあり、『右側に気をつけろ』の副題にもなっている)探し求めている異星人のような<男>の旅である。

  ゴダールによれば、「俳優とキャメラと録音機のための17もしくは18景のファンタジー」とのことであり、白痴のエピソードが「駐車場」「飛行場」「離陸」「飛行中の機内」「着陸」と、ミュージシャンが「録音スタジオ」、<男>のエピソードが「アパルトマン」「蟻と蝉の森」「海辺の室内」「列車」「サッカー・スタジアム」と展開し、3つの流れが「カフェ」で合流し、「映写」へと向かっていく。ひとつひとつの場面が独立した短篇のようでもありながら、互いのシーンに音として侵入し、融合してもいる。実際、ここでの画と音響のモンタージュは、ゴダール全作品のなかでも、群を抜いた素晴らしさといえる。なにしろ、音に固有の空間性が広がり、よって同時にエピソードが進行しているリアリティが生じている。

とはいえ『右側に気をつけろ』は、ジャック・タチに並ぶフランス・コミック映画の最高峰でもある。飛んでいる旅客機のなかで、スラップスティック喜劇を試みているのだから。一方、リタ・ミツコのスタジオ・シーンは、純然たるドキュメンタリーであり、<男>のエピソードの幻影的な寓話性と共に、一本の映画のなかにすべての要素を詰め込むというゴダールの資質が最良の形で結実したと言えるだろう。なかでのテキストはとても全部を伝えられるものではないが、ドストエフスキーの「白痴」のムイシュキン公爵から、ラシーヌの「ベナレス」で会話する古典的な恋人のカップル、「マルドロールの歌」を詠む提督、蟻と蝉の森でのラ・フォンテーヌの寓話など、さまざまなテキストが引用される。

題名の『右側に気をつけろ』は、ボクシングでコーチが右のパンチを繰り出すよう指示する言葉から来ているが、もちろんジャック・タチが主演したルネ・クレマン監督の短篇『左側に気をつけろ』のオマージュでもあろう。ここで登場する飛行機も、タチ(Tati)を思わせるTAT航空である。もともとの題名の由来は、1981年のフランス大統領選挙の前に封切るつもりだった映画の企画から来ているという。そこでは、ジャック・ヴィレルが左の、ゴダール自身が右の刑事を演じるはずだったという。

ゴダールは、この作品を小人数のクルーで撮っている。撮影は、カロリーヌ・シャンプティエ。60年代ゴダールの特徴だった黄色や赤などの原色や、80年代ゴダール作品から生じた雲の浮かぶ空の青、明け方や夕暮れの微細な中間色を見事に定着している。録音は、『パッション』以降、ゴダール作品になくてはならない存在になったフランソワ・ミュジー。別のシーンの音楽やコメンタリーが入る際の微妙なバランスが完璧である。ゴダールは、製作・監督・脚本・主演ばかりか、編集まで担当。音楽は、主演の一角を占める<リタ・ミツコ>のカトリーヌ・ランジェとフレッド・シシャン。もともと、ゴダールが彼らの音楽に惚れ込み、ドキュメンタリーを撮り始めたのが、『右側に気をつけろ』の出発となった。使用曲は、「セ・コム・サ」、「スチューピド・エニウェイ」、「トゥナイト」、「夜間飛行」、「愛の歴史」など。

コメンタリー及び、<人>を演じるのは、名優フランソワ・ぺリエ。異星人を思わす
<男>を演じたのは、ジャック・ヴィルレ。とんでもない役を見事にこなし、圧倒的なおかしさから深い深い悲しみまで表現しきった。とりわけ、海辺の部屋での幻影とのダンス・シーンは忘れがたい。提督と呼ばれる機長は、ミシェル・ガラブリュ、提督夫人役のドミニク・ラヴァナン、刑事役のリュフェスと共に、舞台と映画の両方で活躍するベテランである。ジェーン・バーキンが森の蝉役として、ゴダール作品に初登場するのも大きな話題である。
ゴダールはこの後、全8部にわたる『映画史』に取り組み始め、90年に『ヌーヴェルヴァーグ』で新たな劇映画のサイクルに突入する。『右側に気をつけろ』は、80年代までのゴダール作品を綜合する奇跡的な美と霊感にあふれた傑作であることが、今だからこそ確認できる。

ストーリー

スタッフ

監督:ジャン=リュック・ゴダール
脚本:ジャン=リュック・ゴダール
助監督:リチャール・ド・ビュイーヌ
製作主任:エルヴェ・デュアメル
製作担当:レナルド・カルカニ
助監督:マリ=クリスティーヌ・バリエール
衣装:ロランス・ガンドレ
編集:クリスティーヌ・ブノワ
配役:フランソワ・メニドレ
撮影:カロリーヌ・シャンプティエ
録音:フランソワ・ミュジー、マルカントワーヌ・ベルダン、ベルナール・ルルー
音楽:リタ・ミツコ
(フレッド・シシャン&カトリーヌ・ランジェ)
演奏楽曲「セ・コム・サ」
(CD「レ・リタ・ミツコ」より)

ゴーモン+JLGフィルム+ザナドゥ・フィルム+RTSR

キャスト

ジェーン・バーキン (蝉)
ドミニク・ラヴァナン (提督の妻)
ポリーヌ・ラフォン (ゴルフする女)
エヴァ・ダルラン (パッセンジャー)
イザベル・サドワイヤン (祖母)
カリーナ・バロン (アメリカ人女性)
カトリーヌ・フセイ (客室乗務員)
アニー・セネク (客室乗務員)
エロイーズ・ボーヌ (ママ)
ロランス・マズリア (古典的な恋する女)
アニェス・スルディヨン (キャンプに行く女)
メリサ・シャルティエ (少女)
ヴァレリー・モラ (小間使い)

ジャック・ヴィルレ (男)
フランソワ・ペリエ (人)
ミシェル・ガラブリュ (提督)
リュフュス (刑事)
ジャン=リュック・ゴダール (白痴、公爵)
フィリップ・コールザン (パッセンジャー)
フィリップ・ルロー (ゴルフをする男)
ラファエル・デルパール (実業家)
ジャン=ピエール・ドラムール (客室乗務員)
ジャン・グレコー (平均的フランス男性)
ブリュノ・ヴォルコヴィチ (古典的な恋する男)
マルク・ラブルス (キャンプに行く男)
ジャック・ペナ (パパ)
ギ・メゾン (黒人)
カダ・カデール (アラブ人)

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