スワンズソング

少女二人の飛び降り自殺によって始まりが告げられる、狂気の黙示録

人々から名前どころかその存在さえも忘れ去れた無名の郊外。住人はすべて東京を志向し、来訪者は地方への行路としてしかそこへ足を踏み入れない、そんな、誰からも愛されない土地。いっからかレイプされつづけ、レイプされているという事実さえ忘れることを強要された名もない土地に、まさしく真の“地獄”が存在していた…

妹を殺された美奈とその母親・輝子。母娘は新天地での安らかな暮らしを望み、とある郊外に移り住む。その“地獄”から抜け出したはずの二人に惹きつけられるように現れる黄色いレインコートの悪魔。目の前で起こる連続殺人事件。死んだはずの妹の影。黄色い不吉なサインによって、何事もなく過ぎ去るはずだった美奈の毎日が、徐々にカフカの悪夢にも似た奇妙な空間に支配されていく…。狂気があたかも“日常”としてそばにあり、そもそも“正気の人間”など地球上に誰一人いないのではないかという強迫観念的な妄想によって貫かれたこの作品は、主人公・美奈がダンテばりに地獄めぐりを断行し、最愛の女性ベアトリーチェに会うまでを描いた、現代日本の“神曲”だ。

「私は最近、こういうタイプの映画を見たことがない。」宮台真司

あらゆる瞬間に悲劇が内包されている

脚本は『殺し屋１』で日本プロフェッショナル大賞を受賞した狂気の脚本家・佐藤佐吉。物語の中では、自殺。肉体破損。殺人。変死。あらゆる陰惨な出来事がごくごく当たり前のものとして少女たちの身にふりかかる。彼女達の死に際、まさに〈スワンズソング〉が幾度となく響き渡る。そこでは非日常と日常の区別が消失し、正常が異常に様替りし、非現実が現実味を帯びていく。新鋭監督・笠木望の異様な演出によって紡ぎあげられた、あらゆる瞬間において惨殺が発生してしまいそうな、そんな不吉極まりない映像が、狂気のストーリーと相重なって観る者を地獄の底に突き落とす。

正気の人間など、どこにも存在しない

た<さんの少女たちをはじめ、この異様な世界には、まともな人間が一人も登場しない。彼女・彼等はみなどこか悪意と狂気を秘め生きている。類型的に感情を推し量れる者など、誰一人いない。主人公であるはずの松田美奈でさえ、彼女が一体何を考えているのかが全くわからなくなる。その難しい美奈役を見事に演じきったのは『ラストアライブ』・『Ｄガールズ』などで他のアイドル達と一線を画し稀に見る演技カを見せた石川佳奈。さらにその謎めいた親友役に『新・愛の嵐』の藤原ひとみが好演を見せる。自殺する女子高生役にはローティーン・カリスマ・アイドル中田あすみが体当たり演技で挑戦、いわばアイドルの狂い咲き状態となっている。さらに物語りの重要な鍵を握る人物として大場久美子、数多の映画に出演し高い評価を得ている田中要次や沢田亜矢子、奥村公延らが脇を固める。