人生は、時々晴れ

　『ネイキッド』でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞し、『秘密と嘘』でカンヌのパルムドールをはじめ世界の主要映画賞を独占したイギリス映画界の巨匠マイク・リー。今や“カンヌ映画祭の顔”である彼の待望の最新作が2002年のカンヌで上映されたとき、会場内は大きな興奮と深い感動に包まれた。パルムドール受賞作となった『戦場のピアニスト』と最後まで賞を競い、高い評価を集めたこの作品で描かれていたのはロンドンに住むごく普通の人々の愛の喪失感と家族の再生の物語だった。乾いた大地を潤す水のように、観る者の心に深く静かにしみわたる感動。名作『秘密と嘘』をしのぐ最高傑作をリーは遂に完成させた。

けっして裕福とはいえない毎日を送りながら、ささやかな集合住宅で、それぞれの事情をかかえる人物たち、彼らは今では、心から笑うことも、泣くことも忘れていた。そんなある日、フランス人女性の客をタクシーに乗せ、彼女との何気ない世間話を交わした後、フィルは突然海を見に行こうと思い立つ。しかし、その頃、自宅でがはフィルの息子ローリーが発作で倒れるという事件が起こり、フィルと家族の間ですれ違いがおこる。そしてこれをきっかけにえいて、それぞれの心に変化が訪れる…。

「この映画で描かれているのは、大きな感情の揺れだ。主人公たちはどこにでもいるような人物だが、実は一大叙事詩“アラビアのロレンス“にも負けないほどに壮大なスケールの人間のエモーションを見出すことができる」とリー監督は語る。代表作『秘密と嘘』では、２人の娘との絆を見直すことで家族の再生を描いたリーだが、今回の作品では家族間の緊張をはらんだ感情の変化にスポットを当てながら、更にその奥にある人生や愛といった日常に埋没するあまり、妻や夫、娘や息子といった最も身近な人にさえ、自分の本心が言えなくなった人々。彼らは心の奥に深い疎外感を抱えて生きていたが、やがて、自分の心を深く見つめ、家族の愛と絆を再発見する。いまやイギリスのみならず世界の巨匠となったリーが、さらに円熟味をました演出で、人間の複雑な心のひだと家族の感情の軌跡を描き出し、観客に忘れがたい感動と余韻を残してくれる。このリーの新作は見事に２００３年ロンドン批評家協会賞英国映画賞に輝き、ヨーロピアン・フィルム・アワード監督賞やゴールデン・サテライト賞外国映画賞などの候補にもなった。

撮影前は台本をつくらないという独自の製作法を実践しつづけるリー監督だが、今回も脚本はなく、半年間のリハーサルとディスカッションを重ねて、俳優達に即興で演じさせ、それぞれの見事な人物像を完成させたという。そして、出演者たちはベテランから若手まで個性的な俳優陣が集められた。タクシーの運転手フィルを演じるのは『秘密と嘘』や『バニラ・スカイ』の売れっ子男優ティモシー・スポール。スーパーで働く彼の妻ペニー役は『秘密と嘘』の実力派女優レスリー・マンヴィル。老人ホームで働く彼らの娘レイチェルには『恋はハッケヨイ！』のアリソン・ガ—ランド、心臓発作で倒れるふたりの息子ローリーには『ハロルド・スミスに何が起こったか？』のジェームズ・コーデン。ランドリー業を営むペニーの友人のモ—リンには『秘密と嘘』のルース・シーン。彼女の娘ドナ役には『チューブ・テイルズ』のヘレン・コーカー、彼女の暴力的な恋人ジェイソン役には『パール・ハーバー』のダニエル・メイズ。フィルの同僚ロン役のポール・ジェッソン、彼の妻キャロル役のマリオン・ベイリー、ふたりの娘サマンサ役のサリー・ホーキンスらは、いずれも舞台出身の実力派俳優。サマンサに憧れを抱くクレイグ役には『102』のベン・クロンプトン。製作は『秘密と嘘』のディック・ポープ。編集は『エマ』のレスリー・ウォーカー。プロダクション・デザインは『秘密と嘘』のイヴ・ディクソン。リー監督の独特の映画作りを熟知したスタッフたちが勢ぞろいすることで、見事なチームワークが生まれ、リーの新たな傑作を生み出すことになった。