あるがままに命と向き合う女たちの、比類なき美しさ 映画作家・河瀬直美の原点にして、新境地を切り拓くドキュメンタリー

第58回サンセバスチャン国際映画祭コンペティション部門・国際批評家連盟賞受賞

2010年製作/日本/ドキュメンタリー/92分/カラー/35mm・HD/DTSステレオ/ 配給:組画

2010年11月6日(土)よりユーロスペースにてロードショー、他全国順次公開

(c)Kumie

公開初日 2010/11/06

配給会社名 0841

解説


季節がめぐるように、命はめぐる——

ぼんやりと暖かい明かりが灯る畳の部屋。そこは、胎児が安心してこの世界に出てこられるように、母親の胎内に近い温度と湿度が保たれている。家族に見守られ、横たわる妊婦のそばでは、ひとりの医師が静かにその時を待っている。やがて新たな命を呼応するように彼女は声をあげる——
「きもちいい」「あいたかった」「あったかい」「ありがとう」

映画の舞台となるのは、愛知県岡崎市にある吉村医院。木々がこんもりと生い茂る森の中にあるこの産科医院には、「自然に子を産みたい」と願う妊婦たちが、全国からやって来る。原始以来、変わることなく続いてきたお産という営み。だが、出産にまつわる情報が溢れ返る昨今、「妊娠」は、喜びと同時に不安をもたらす。お産は分娩台の上でする痛くて苦しいものだと思い続けていた人、初めての出産で経験した医療行為が辛い記憶になってしまった人、現代医学の知識もあるけれど、自分自身は迷うことなく自然なお産を選んだという人……。

そんな彼女たちを支えるのが、院長の吉村正先生だ。1961年以来、2万例以上のお産に立ち会ってきた自然なお産の第一人者でもある。吉村先生はこう繰り返す。「不安はお産の大敵。妊娠したら、よく歩き、運動し、自然の力に身を委ねること。ゴロゴロ、ビクビク、パクパクしないこと」。

それぞれの想いと事情を抱えながらも、自分らしいお産に向けて心と身体を鍛える——臨月が近づくにつれ、彼女たちはいきいきと輝き始める。その様子を見守る家族や助産師の想い、そして、生まれてくる命だけでなく、生まれることなく消えゆく命とも向き合う吉村先生の葛藤——現代に生きる私たちの強さと脆さ、喜びと悲しみ、怒りや平安がないまぜとなって、ひとつに結ばれていく。

あるがままに命と向き合う女たちの、比類なき美しさ
映画作家・河瀬直美の原点にして、新境地を切り拓くドキュメンタリー

お産という私たちにとって根源的で本能的な営みを、季節ごとに表情をかえる自然の中で見つめたのは、『萌の朱雀』『殯の森』の河瀬直美。自身の出産体験をもとに、命と命の結び目を見つめ、そのつながりを描いたドキュメンタリー『垂乳女 Tarachime』(2006)から4年——「命とはただひとつで存在するものではなく、連綿と続いてきたもの、そして続いていくもの」と語る彼女が自ら16mmフィルム・カメラをまわした。

撮影は2009年の春に始まり、四季を通じて50日あまりの日々を記録。「人間の心と身体には、たとえ医師であっても手を出すことができない神の領域が存在するんです」。お産の真理を追究してきた吉村がこう語るように、生と死は、つねに背中合わせでもある。誰もがあやうさのなかに生まれ、矛盾とともに生きている。デビュー作『につつまれて』以来、家族や近しい人々のなかに自分を見つめてきた河瀬直美が、その原点を彷彿とさせつつ、吉村先生の視線の先にあるものと真摯に向き合い、新たな境地を開いた作品が『玄牝(GENPIN)』である。

場の気配や息遣いを伝え、見る者の五感をひらく緻密な音響設計は、故・佐藤真、青山真治、諏訪敦彦らの作品をはじめ、多くの日本映画を音づくりの面から支えてきた菊池信之が担当。オーガニックで美しい音色を奏でるのは、アコースティックなオーケストラグループ、パスカルズを率いるロケット・マツ。

映画は、繊細な瞬間の撮影を受け入れた女性たちの圧倒的な美しさとともに、生命の神秘のありようを映し出している。

ストーリー




うっそうと生い茂る大樹の枝葉から、春の陽光が射し込んでいる・・・

愛知県・岡崎市にある産婦人科、吉村医院。
木々がこんもりと生い茂る森の中にあるこの産科医院には、「自然に子を産みたい」と願う妊婦たちが、全国からやって来る。
よくしゃべり、よく笑い、よく動き、さっそうと歩く彼女たちの後ろ姿は、とても臨月を迎えた妊婦には見えない。

お産は分娩台の上でする痛くて苦しいものだと思い続けていた人、 初めての出産で経験した医療行為が辛い記憶になってしまった人、 現代医学の知識もあるけれど、自分自身は迷うことなく自然なお産を選んだという人……。
元気な彼女たちも、それぞれの思いを抱えて吉村医院に通っている。

4人目のお子さんを身ごもっている緑さんは、最初のお産を涙ながらに振り返る。
「知らないうちに陣痛促進剤を打たれて、分娩台に乗った瞬間に吸引されて、お腹を押されて……だがら、生まれた瞬間、自分が大事で、子どもを可愛いと思えなかったんです」
雨が降り続くある日の早朝、緑さんの陣痛がはじまった。夫と、お母さん、やんちゃ盛りの息子たちに見守られるなか、お産は静かに進む。生まれたばかりの赤ちゃんを抱いた緑さんの口をついて出てくるのは、ただ、「ありがとう」という言葉だ。幼い息子が、目にたまった涙を自分の袖でぬぐっている。

ある晴れた日。映画の音楽を担当するパスカルズのマツさんが、吉村医院を来訪。
庭に集っている妊婦さん達に向けて、ピアニカで音楽を奏で始める。
そばで薪割りをしていたしげ美さんは感極まって、涙がその頬をつたう。
しげ美さんは娘とふたりだけでお産に臨む予定なのだ。

見事な薪割りをする麻理さんは、お産はとても怖いイメージがあったという。
「土の匂いをかぐと癒されるんです」と日々、おばあちゃんの畑仕事の手伝いに通う。
「昔みたいなお産をするみたいですよ」と問いかけられて、
「わたしたちのときは、生まれるまで田んぼで仕事しとったから」と、応えるおばあちゃん。
ひ孫の誕生を心待ちにしている様子だ。

吉村医院を支える助産師さんたちにも、さまざまな思い、葛藤がある。
そして自然なお産に対して揺るぎない信念を持つ、吉村先生自身にも。

季節がめぐるように、命はめぐる。
様々なひとたちの思い、答えなき問いに答えるように、やがてまた新しい命が生まれる———

スタッフ

監督・撮影・構成:河瀬直美
音響設計:菊池信之
音楽:ロケット・マツ(パスカルズ)
プロデューサー:内藤裕子
監督助手:北條美穂
撮影助手:橋本彩子
同時録音:猪立山仁子
編集:金子雄亮
協力:吉村医院
企画・製作・配給:組画
配給協力:東風
助成:文化芸術振興費補助金

キャスト

吉村正
吉村医院に関わる人々

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