原題:Rail Truck

東京から台湾の小さな村にやって来た少年とその家族。 日本語を話す祖父と過ごした、宝石のように輝くひと夏の物語

モントリオール映画祭出品

2009年/日本/116 分/ 35 ミリ/カラー/アメリカンビスタ/ドルビーデジタル 配給:ビターズ・エンド

2010年5月22日、シネスイッチ銀座より全国順次ロードショー

© 2009 TOROCCO LLP

公開初日 2010/05/22

配給会社名 0071

解説


 父を亡くしたばかりの幼い兄弟は、台湾人の父と日本人の母のもとに生まれ、日本で育った。素直に母親に甘えられる6 歳の弟、凱(とき)とは対照的に、8 歳の敦(あつし)はゲームに夢中な素振り。大好きな父が急死した悲しみも、母を案じる気持ちも、これからのことへの不安も、すべて小さな胸の中にしまっている。そんな敦の心情をくみとる余裕のない母親は、つい彼にきつく接してしまう。だが、遺灰を届けるため、父親が育った台湾の小さな村に来てみると、生まれて初めて会う祖父も叔父も村人たちも、口々に「お父さんにそっくりだな」と目を細めてくれる。とりわけ優しいのが祖父だった。日本統治時代に成長した祖父は、ときおり日本語で、日本への思いや現在の複雑な心境を、言葉少なに語る。ある夜、母親と祖母の会話を耳にした敦は、翌日、ある決意を胸に弟と一緒に憧れのトロッコに乗る。最初はそのスピードに胸を躍らせるが、ぐんぐんと森の奥へ進むにつれて不安がもたげてくる……。

 瑞々しい自然の懐に抱かれ、おじいちゃんとの結びつきを強めた敦からは、暗い表情が消え、たくましい笑顔が見られるようになる。母親の夕美子もまた、亡夫の故郷で家族の優しさに触れ、繋がっていることを知り、励まされる。そうして初めて、敦の気持ちに気づくことができた。
この夏、家族との絆という心の宝物を、近くて遠かった台湾の小さな村で手にしたのだ。
芥川龍之介の不朽の名作「トロッコ」が、台湾の瑞々しい緑の中で蘇る

 これまでに篠田正浩監督(『スパイ・ゾルゲ』)や行定勲監督(『春の雪』『遠くの空に消えた』)などの作品で助監督を務めてきた川口浩史の監督デビュー作である本作は、撮影監督リー・ピンビンの出会いから始まった。
かねてから芥川龍之介の短編「トロッコ」を映画化したいと考えていた川口監督に、『春の雪』(05 年)の撮影で出会ったリー・ピンビンが「台湾にはまだトロッコが残っている」と教えてくれたのだ。当初は日本を舞台にトロッコのシーンだけ台湾で撮影しようと考えていたが、ロケハンで台湾を訪れ、脚本を変更。緑したたる風景美はもちろん、素朴で温かな人たち、特に美しい日本語で日本に対するさまざまな思いを語ってくれるお年寄りたちとの交流に、心を強く打たれたのだ。出会ったばかりの人たちに夕食に招かれ、家族みんなで囲む食卓という、懐かしい味わいも体験した監督は、「ここでなら、今の日本にはない大家族の暮らしが描ける」と確信。こうしたいくつもの運命的な出会いを経て、3 年の歳月をかけたオリジナル脚本をもとに、誰もが知っている芥川龍之介の不朽の名作「トロッコ」が、心に響く感動作『トロッコ』へと見事に生まれ変わったのだ。

日本映画の新しい才能と、
ホウ・シャオシェンゆかりのスタッフ&キャストの
美しき融合!

 初監督の川口浩史のもとに、日本と台湾の才能豊かなキャスト・スタッフが集結し、他に類を見ない“Madein Taiwan の日本映画”が誕生した。夫を亡くしたばかりの女性、夕美子を演じるのは、河瀬直美監督のカンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)受賞作『萌の朱雀』(97 年)で主演デビューし、同監督のカンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞作『殯の森』にも主演、海外でも知名度が高い尾野真千子。今年は本作を含めて3本の主演作が公開予定と、いま最も注目の実力派女優だ。初の母親役に挑んだ本作では、母親の強さ、その奥の弱さと優しさを、しっとりした情感とともに演じている。白い顎髭も印象的な泰然自若としたおじいちゃんを演じるホン・リウは、ホウ・シャオシェン監督の『戯夢人生』(93 年)で主人公の祖父を演じた、台湾映画・テレビ界の大御所的な存在だ。夕美子の義母を演じるメイ・ファンは、『童年往時・時の流れ』(86 年)など初期ホウ・シャオシェン監督作品の常連俳優。また、山と森を再生させるために東京に留学したいと語る青年を、『花蓮の夏』(06 年)で鮮烈なデビューを果たしたブライアン・チャンが演じている。夕美子の義弟を演じるチャン・ハンは、人気男優チャン・チェン(『レッドクリフ』シリーズ)の実兄。その無愛想な妻を演じるワン・ファンは人気シンガーと、特に華流ファンには垂涎のキャストが揃った。
 台湾東部のみずみずしくも幽玄な自然や古い家屋の室内を陰影深く撮り上げたのは、川口監督を台湾に導いたリー・ピンビン。ホウ・シャオシェン監督作品で名高い、アジアが誇る撮影監督だ。日本の監督作品としては、行定勲監督の『春の雪』、是枝裕和監督の『空気人形』(09 年)に次いで本作が3本目になる。のびやかにして哀愁に満ちた詩情豊かな音楽は、日本を代表するバイオリニストにして作曲家である川井郁子が手掛けた。その音色は、郷愁を感じさせられる台湾の小さな村すみずみに深く優しく浸透して、感動を倍加させてくれる。

ストーリー

 ある夏の日、敦(あつし)8 歳と凱(とき)6 歳の兄弟は、旅行ライターをしている母親・夕美子に連れられ、亡くなった父親・孟真(もうしん)の故郷を初めて訪れる。急死してしまった父親の遺灰を届けるために、東京から台湾東部の花蓮(かれん)の近くにある小さな村までやって来たのだ。
 村では、台北に住む孟真の弟、孟堅(もうけん)夫婦が、母子を迎えてくれた。玄関の前で、いきなり白い顎ヒゲの老人が「親不孝者めが!」と、遺灰の箱を杖で叩く。それがおじいちゃんだった。台湾では子供が親に先立つのは大罪だから叩いて叱って家に入れる習わしだと、孟堅の妻がそっと夕美子に耳打ちして教える。
 敦が大切に持ってきた、亡くなる前にお父さんから手渡された古い写真。そこに写っているトロッコを押す少年は、戦前のおじいちゃんだった。写真の場所を忘れたおじいちゃんは「林(りん)さんに聞いてみよう」と、敦と凱を連れて村を歩く。
「明治神宮、靖国神社の鳥居、みんな台湾ひのき」と、おじいちゃんは誇らしげに日本語で語り出す。そして「この線路、あの山の木、日本に運ぶためのものだった。子供のころ、この線路をずっと行くと日本に行けると思っていた。とても憧れていた」と。おじいちゃんは母親に叱られた敦を無言でなぐさめてくれたり、お風呂に入れば体を洗ってタオルで拭いてくれる。
おじいちゃんとの距離はどんどん縮まっていった。

 おじいちゃんが、自室の机で昔の写真の数々を眺め、過ぎし日々を追憶している。長男を亡くした悲しみを、そうやってじっと耐えているのだ。大好きだったお父さんを亡くした敦もまたその悲しみを表に出さずに抑えこんでいたから、おじいちゃんの気持ちが痛いほどわかるのだった。
 よそ者の兄弟は、最初こそ村の子供たちと敵対したが、すぐに仲良しになり、水かけっこをして、はしゃぐ。夕美子は、「あんな楽しそうな顔を見るのは久しぶり」と、孟堅に呟く。最近の敦はゲームに没頭してばかりで、いつもうつむいているように見えた。そんな敦を夕美子はきつく叱ってばかりいたのだ。
 孟堅が夕美子に語る。「敦を見ていると子供の頃の兄貴を思い出す。日本人として教育されたことを誇りに思っていた父親は、戦争が終わった途端に日本から捨てられた。それでも古い価値観を僕らに押し付ける父に、兄は反発した。ところがある日、日本に留学すると言い出した。父の思いを兄なりに受け止めたんだと思う。義姉さんと結婚すると言ってきたとき、父はすごく嬉しそうな顔をした。」
 ある日、おじいちゃんに日本から郵便物が届く。数日前に退院してきたおばあちゃんに無言で手渡したその手紙を夕美子が読む。恩給欠格者への通知だった。おじいちゃんは日本兵として2年間働いたが、現在日本国籍を有していないため恩給の対象者にならないのだった。その日の夕飯の席で、おじいちゃんは積年の思いを吐き出す。日本のために命懸けで戦ったのに、60年たった今も“ごくろうさま”の一言さえ言ってくれない、と。
 子供たちが寝たあと、夕美子はおばあちゃんと語らう。今まで強がっていた夕美子も、義母の温かな思いやりに触れ、夫を亡くした悲しみと息子たちを一人で育てていく不安を告白し、涙を流す。おばあちゃんが「子供たち、少し、ここで預かろうか」と囁いた、そのとき、起きてきた敦が物陰でじっと2人を見つめていた。
 
 おばあちゃんが救急車で運ばれ、夕美子もあとから病院に行く。敦は昨夜のおばあちゃんの言葉で「僕たちここに置いていかれるかもしれない」と思い込み、凱を連れて森へ向かって走り出す。おじいちゃんが「日本と繋がっている」と言っていたトロッコに乗って、日本に帰るつもりだ。写真に写っていたトロッコの線路はなくなっていたが、林おじいさんが植林のために使っているトロッコが健在だった。トロッコを押そうとしたとき、寺で鳥を捕まえてくれた青年が現れて、一緒に押してくれる。兄弟はスピードを上げるトロッコに興奮し歓喜する。そのとき、森を守るために東京で勉強したいと語る青年が、日本は「海の向こう」と呟く。やがてあたりは深い森の中になり、霧も出てきた。林おじいさんの家に寄るために立ち止ったとき、不安感が頂点に達した凱がいきなり線路上を走り出した。敦は必死で凱を追いかけた。家までの道のりはとても長く、疲れきった凱は「お母さんに会いたい、おうちに帰りたい」と泣きじゃくり、しゃがみ込んでしまう。そんな弟を励ましながら、敦は歩を進める。

 2 人を捜しまわり、警察にまで行った夕美子は、心配のあまり放心状態で玄関に座り込んでいた。日が暮れて、やっと2人が家に辿り着く。凱を抱きとめながら、夕美子は敦を「お兄ちゃんがいながら!」と、怒鳴りつけてしまう。心細さを必死で抑えて弟をなだめながら歩いてきたせつなさと今までの不安が混ざり合い、敦は「僕、いないほうがいいの?」と呟く。
その言葉で、初めて息子の胸の内に気付いた夕美子は、「そんなことあるわけないでしょ! この世の中で一番大事」と、抱きしめる。そのとき、鳥籠から、敦が怪我の世話をしていた鳥が夜空へと力強く飛び立って行った。
 その夜、夕美子は、この家に息子たちと一緒にとどまるつもりだとおじいちゃんに告げる。だがおじいちゃんは、「孫たちの素晴らしい笑顔を見せてくれた。それだけで十分だよ。日本にお帰りなさい。そして孫たちを立派に育ててください」と言うのだった。
 3 人が日本に帰る日がやって来た。薪を割るおじいちゃんの横にしゃがんだ敦は、手伝いをしながら、「この写真、持ってていい?」と、あの古い写真を見せる。その写真は、おじいちゃんと息子の孟真、そして孫の敦を繋げる証だ。「持っててくれるかい? 敦、お母さんを頼むよ」と、おじいちゃんは優しく敦の頭を撫でるのだった。「また、いつでもおいで」と。

スタッフ

エグゼクティブ・プロデューサー:佐々木栄一、畠中達郎
プロデューサー:片原朋子
プロデューサー(台湾):リャオ・チンソン
アソシエイト プロデューサー:原田知明、ジェ二ファー・ジャオ
監督:川口浩史
脚本:川口浩史、ホアン・シ—ミン
音楽:川井郁子
撮影監督:リー・ピンビン
美術監督:ホアン・ウェンイン
録音監修:ドウ・ドゥチー
スタイリスト(日本):宮本茉莉
キャスティング(日本):小畑智子
編集:小林由加子
助監督:西原裕貴
ライン・プロデューサー:チェン・ボーチェン 

キャスト

尾野真千子
原田賢人( 子役)
大前喬一(子役)
ホン・リウ 洪流
チャン・ハン 張翰
ワン・ファン 萬芳
ブライアン・チャン 張睿家
メイ・ファン 梅芳

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