原題:Love and Honor

山田洋次監督による、藤沢周平時代劇映画三部作完結編

第57回ベルリン国際映画祭出品作品

2006年/日本/カラー/121分/ 配給:松竹

2007年11月28日よりDVDリリース 2007年06月01日よりDVDリリース 2006年12月1日(金)ロードショー

公開初日 2006/12/01

配給会社名 0003

解説


2002年、山田洋次監督が時代劇に挑んだ『たそがれ清兵衛』は、父と娘の絆を描き、日本
アカデミー賞15部門を総なめにし、米国アカデミー賞外国語映画部門にもノミネートされ、語り継がれる傑作となった。2004年、『隠し剣鬼の爪』は身分違いの若い男女の純愛をテーマに据えて、ベルリン国際映画祭コンペティション部門など世界各国の映画祭で上映され、海外の観客の共感を再び集めた。そして2006年、木村拓哉とコラボレーションを組んだ藤沢周平原作・山田時代劇三部作の最後を飾る『武士の一分』が、いよいよヴェールを脱ぐ。

三村新之丞は、最愛の妻・加世とつましく暮らす海坂藩の下級武士。「早めに隠居して、子供がたに剣を教えたい」と夢を語る、笑いの絶えない平和な日々は、藩主の毒見役をつとめて失明した日から暗転する。昨日まで気が進まないとこぼしていた役目も果たすことがかなわない。絶望し、自害しようとする新之丞を加世は必死に思い留まらせるが、愛する夫のため、口添えを得ようとして罠にはまり、番頭の島田藤弥に身を捧げてしまう。その行為を、夫婦の契りを絶つ裏切りと感じた新之丞は、加世に離縁を言い渡し、復讐を誓う。しかし仇敵・島田は藩内きっての剣の使い手。新之丞の無謀な果し合いに勝機はあるのか、失われた夫婦の絆と情愛は再び取り戻せるのか・。山田監督が藤沢周平原作の三作目の映画化として選んだのは「盲目剣谺返し」(「隠し剣秋風抄」所収)。つましくも懸命に、身の丈に合った日々を生きる主人公に監督は心を寄り添わせ、かつて日本人が持っていた心と情愛の念を、敬意をこめて深く優しく描いた。

日々の暮らしに根ざしたささやかでかけがえのない夫婦の幸せが、お互いを思いやる言葉、手作りの芋がらの煮物、あたたかいご飯、すみずみまできれいに掃除された質素な部屋、つがいの文鳥のさえずり…に宿る。
素朴で確かな幸福感。そんな「譲れないもの」を奪われたとき、妻は夫のために身を捧げ、夫は妻のために”一分”をかけて自らの命を賭ける。息詰まる果し合いの場面は、この丹念で幾重にも織り込まれた夫婦の情愛を大きな背景にしているからこそ、まさにクライマックスとなった。絶望という暗闇をくぐり抜けた果てに、主人公たちはほのかに灯る希望の光を見つける。温かな余韻に満ちたラストシーンは、たやすく男女が結びつき離れてしまう今だからこそ、永遠に「あるべき愛の形」として、観る者の胸の奥底で静かに輝き続けるはずだ。

山田監督が「ストイックなまでに自身を見つめる目には、思わず引きずり込まれる魅力がある。高倉健さんに初めて会ったときのことを思い出した」と絶賛する木村拓哉が演じるのは、失明によって過酷な運命を余儀なくされる主人公、三村新之丞。ウォン・カーウァイ監督『2046』でカンヌ国際映画祭に参加するなど、いまや日本のみならず世界的なクリエイターからも熱い視線を注がれる存在だ。魅力の「目力」を封ずる盲目の剣士、城下でも名の知れた剣の使い手という役作りに、彼が幼少から通った剣道の腕は遺憾なく発揮された。
たとえば、復讐の心を決めた新之丞が一人庭で闇雲に木刀を振り回すシーン。道場で師匠に教えを乞うシーン。そしてクライマックスの果し合いで見せる「秘剣谺返し」の技など、木村の、文字通り付け焼刃でない、太刀捌きが繰り出すリアルな殺陣は見ものだ。

「テレビでは見られない、木村拓哉を見せる」という山田監督の演出意図は、即座に以心伝心で伝わり、木村は出番の無い日も撮影所に通い続けて「現場の空気を吸い込んで」新之丞になりきった。果し合いで彼が額に締める鉢巻は、離縁した妻・加世がいつも使っていた裡。果し合い用の鉢巻でなく、これにしたいと木村が進言し、ラストの「決め台詞」も提案するなど、役柄になりきった木村の熱意を、監督は喜んで採り入れた。物を作り上げる喜びに溢れた「現場者」同士のコラボレーションの成果といえるだろう。愛する夫を必死に支える献身的な妻・加世に、元宝塚歌劇団主演娘役の檀れい。銀幕デビューとなる本作では、清潔感あふれる可憐
さと、しなやかな強さを併せ持づ女性像を好演している。彼女が演じる「無償の行為」は恋愛の価値観が違う、今の女性たちにも深い共感を呼ぶだろう。

そんな加世をもてあそび、新之丞と対決する番頭・島田藤弥に歌舞伎役者の坂東三津五郎、代々藩政を担う名門出身の出自をひけらかす鼻持ちならぬ役柄は、映画では初の憎まれ役。その日舞で磨いた華麗な殺陣が、クライマックスの果し合いで木村の実戦剣法と火花を散らす。

新之丞の叔母・以寧役は桃井かおり。ハリウッド大作『SAYURI』での好演も記憶に新しいが、おせっかいで憎めない役柄は、静謐な画面に「ユーモアと動き」をもたらす貴重な存在だ。幼い頃から新之丞と加世を知り、毎日若い夫婦に仕え、時には年長者として知恵を働かせる中間・徳平役に、近年は映画、テレビ、舞台に加え、歌舞伎出演も多い笹野高史。さらに新之丞の剣術の師匠・木部に緒形拳、毒見役の事故の責任をとって切腹する広式番・樋口に小林稔侍など、脇を固める芸達者が山田時代劇を盛り上げている。

また、本作品の特徴のひとつが、主人公・三村新之丞の家を、屋内セットに組んだことにある。目の見えなくなった夫と妻の内面を、天候や雑音に左右されることなく、じっくり撮影するというスタイルが、本作品の世界を描くことに最適と判断されたからだ。『たそがれ清兵衛』『隠し剣鬼の爪』の撮影・長沼六男、美術・出川三男、音楽・冨田勲、編集・石井巌、録音・岸田和美、衣裳・黒澤和子に照明・中須岳士が加わり、海坂藩のモデル・山形県鶴岡市の精神風土をセットで忠実に再現することを目指した。担当したパートにそれぞれ”一分”が込められている。

ストーリー

 三村新之丞(木村拓哉)は近習組に勤める三十石の下級武士。城下の木部道場で剣術を極め、藩校で秀才と言われながらも、現在の務めは毒見役。不本意で手応えのないお役目に嫌気がさしながらも、美しく気立てのいい妻・加世(檀れい)、父の代から仕える中間の徳平(笹野高史)と、つましくも笑いの絶えない平和な日々を送っていた。

 そんなある日、新之丞の身を、そして心も揺るがす事変が起きた。いつものように役目を務める新之丞が、藩主の昼食に供された貝の毒にあたったのだ。激しい痛みに意識を失い、居宅に運び込まれ、高熱にうなされ続けた新之丞は、加世と徳平の必死の看病で辛くも一命を取り留めた。

 一時は藩主暗殺を狙った謀略か?とお家を揺るがした事件も、料理人が危険を伴う食材を供しただけの不始末とわかり、責を負って広式番・樋口作之助(小林稔侍)が切腹をして一件落着となった。

 毎度のことながら、騒々しく見舞いにやって来た叔母の以寧(桃井かおり)が帰ると、新之丞は薄目を開けたが、見えるべきものが見えないことに気付く。剣術で鍛えた頑強な身体は猛毒に耐えたが、引き換えに光を奪い去られたのだ。加世のお百度参りもむなしく、一生を暗闇の中で過ごさねばならないと知った新之丞は、
武士としての奉公もかなわず衣食のすべてに他人の手を借りなければ生きていけないと絶望し、自ら命を絶とうとする。

 そのとき加世は「みなし子だった私をあなたのご両親が引き取ってくんなはったときから、あなたの嫁になることがただひとつの望み。あなたのいなくなった暮らしなど考えられましたね。死ぬならどうぞ。私もその刀ですぐ後追って死にますさけ」、そういって泣きながら新之丞にすがりつき、死ぬのを思い留まらせるのだった。

 間もなく、新之丞の今後の暮らし向きについて以寧ら親戚たちが問題にしはじめた。本家に呼ばれた加世は、以寧の父から、藩の有力者に顔の利く者に家禄の半分でも据え置いてもらえるよう口添えを頼みに行けと命じられる。加世の脳裏に浮かんだのは、番頭・島田藤弥(坂東三津五郎)の顔。嫁入り前からの顔見知りで、つい先日も町外れの道ですれ違ったときにも「いつでも相談に乗る。遠慮はいらぬ」といってくれた人物だ。

 やがて城から新之丞の処遇について、「三村の家名は存続、三十石の家禄はそのまま。生涯養生に精を出せ」という、寛大な沙汰が下される。その夜、久しぶりに軽口を言った新之丞は、加世に「死ぬのはやめたさけ、刀を床の間に戻しておいてくれ。刀は武士の魂ださけ」と頼む。加世は生き続けることを決めた新之丞の笑顔を、そっと見つめていた。

 藩主からねぎらいの言葉をもらうための登城もすませ、暗闇での生活にも次第に慣れてきた頃、新之丞は以寧から、加世が男と一緒に歩いていたという噂を聞かされる。「加世はそげだ淫らなことをする女ではありましね」と以寧を追い返す新之丞だったが、疑念はぬぐいきれない。煩悶の末、彼は徳平に加世を尾行させる。

 当たって欲しくない予感は的中した。徳平の報告は新之丞の願いを粉々に打ち砕いた。茶屋での加世の密会の相手は上士である番頭・島田藤弥。名門の出自を鼻にかけ、尊大な振る舞いで知られた男だが、能吏として藩政上層部の覚えもめでたく、剣術の手だれでもある。

 激しい詰問に耐えかねて意を決したのか、加世は搾り出すような声で事実を打ち明けた。口添えを頼むために邸宅を訪れた加世に島田は体を要求し、その後も脅迫めいた言辞を使ってもてあそんだことを。

「妻を盗み取った男の口添えで、たかだか三十石を救われて喜んでいた俺は犬畜生にも劣る男だの」と冷ややかにいう新之丞は、さらに「俺の知っている加世は死んだ」とっぶやく。「あなたのお命守るためでがんす。そのためだば、わが身はどんげな目あってもいいと思った」、「ひと思いに殺して欲しい」と願う加世に新之丞は、離縁を言い渡す。天涯孤独の身で頼るあてもない加世は手早く身の回りの荷物をまとめ、動転する徳平を振り切って夜の闇に消えて行った。

 木々が色付く秋。新之丞は木刀を手に、剣術の稽古を始める。少しづつ勘が戻ったある日、必死の思いで師匠・木部孫八郎(緒形拳)の道場を訪ね、手合わせを願い出た新之丞は、免許を授かったときに伝えられた言葉を口にする。「ともに死するをもって、心となす。勝ちはそのなかにあり。必死すなわち生くるなり」。裂帛の気合で打ち込む新之丞に異常を感じ取った木部は、助太刀を申し出るが断られる。新之丞は”一分”をかけた戦いをひとり挑むことに心を決めていたのだ。

 近習仲間から事の次第を聞かされた新之丞は、島田が口添えなどまったくしていなかったことを知る。その卑怯な振る舞いを知った以上、もはや]刻の猶予もない。「これは武士の一分にかかわることだ」。新之丞は藩内きっての使い手、島田との”一分”をかけた果し合いに臨むのだった……。

スタッフ

監督:山田洋次
プロデューサー:深澤宏、山本一郎
原作:藤沢周平『盲目剣谺返し』(文春文庫刊『隠し剣秋風抄』所収)
脚本:山田洋次、平松恵美子、山本一郎
撮影:長沼六男
美術:出川三男
編集:石井巌
音楽:冨田勲
音楽プロデューサー:小野寺重之
スチール:金田正
衣裳デザイン:黒澤和子
監督助手:花輪金一
照明:中須岳士
装飾:小池直実
録音:岸田和美

キャスト

木村拓哉
檀れい
桃井かおり
坂東三津五郎
笹野高史
小林稔侍
緒形拳

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