DISTANCE
原題:DISTANCE
2001年/日本/35mm/カラー/ヨーロピアンビスタ/132分/ 製作:テレビマンユニオン/エンジンフイルム/シネロケット/IMAGICA 製作・配給:「ディスタンス」製作委員会
2002年06月25日よりDVD発売開始 2002年06月25日よりビデオ発売&レンタル開始 2001年5月26日よりシネマライズにて公開
公開初日 2001/05/26
配給会社名 0150
公開日メモ 是枝監督最新作。僕たちは被害者なのか、加害者なのか
解説
『幻の光』『ワンダフルライフ』で人の心のありようを真摯に描いてきた是枝裕和。その物語は生と死、喪失と再生、事実と虚構-そんな曖昧な境界線上にただよう人々の姿を誠実にとらえてきた。その是枝が再びARATA、伊勢谷友介、寺島進、浅野忠信らととも新作『ディスタンス』を創り上げた。これはある一線を越えてしまった人々への想いを語りながら、(実は一線のこちら側にいる)私たちの心の暗部にカメラを向ける、残酷で、心優しい物語である。
夏の日。訪れる人もまばらな山あいの湖を目指す、4人の登場人物。彼らはある事件を接点に結ばれていた。3年前、この湖の近くで修業していたカルト教団が大量殺人を引き起こした。事件後、実行犯はその教団の手で殺害され、この湖に葬られた。4人は彼ら実行犯の遺族たちなのである。命日にあたるこの日、彼らは加害者である兄や夫、妻に黙祷するためにこの湖を訪れるのだ。
その年、静かな「巡礼」にひとりの男が加わる。かつて教団に籍をおいていた人間だった。あるアクシデントから5人は山中の小屋で一夜を明かすことになる。それまで目をそむけていた「事件」と、そして自分自身と向かい合わざるを得なくなっていく5人。あれから3年。歩いてきた道は間違ってなかったのだろうか。果たして私たちは何か確かなものを手にすることができたのだろうか・・と。
『ワンダフルライフ』で映画デビューしたARATA、そして伊勢谷友介との即興演出的なコラボレーションから『ディスタンス』はスタートしている。主役たちはそれぞれ自分のシーンだけが書き込まれた脚本を渡された。<殺人事件の加害者遺族>という設定だけを与えられ、それぞれの台詞は、自分の言葉で語っていく。この演出スタイルを支えたのは二人に加え、浅野忠信、寺島進、夏川結衣、りょう、遠藤憲一、中村梅雀ら、個性的な仕事をしている俳優たち。脚本には書かれていない、俳優たち自身がつむぎ出す感情を透明感溢れる映像でとらえたのは『ワンダフルライフ』に続き山崎裕。ドキュメンタリーの手法を大胆に導入し、一切の人工照明を廃し自然光だけで撮りきっている。
ストーリー
カルト教団「真理の箱舟」の信者が東京都の水道水に新種のウィルスを混入させ、128名の死者と8000人に及ぶ被害者を出すという無差別殺人事件が起きた。その後5人の実行犯たちは教団の手で殺害され、教祖も自殺した。
それから3年目の夏——。山あいにある小さな駅に、4人の人間が集まる。〔加害者遺族〕という接点しか持っていない4人は、1年ぶりの再会に礼儀正しさと親しさの微妙に入り混じった挨拶を交わす。一行を乗せた敦の車が林道の尽きたところに停まる。急な山道を下ると、実行犯たちの遺灰が撒かれた小さな湖に出た。古びた桟橋に一列に並び、湖面に手を合わせる4人。少し離れた所に男がいたが、一行を避けるように立ち去った。
4人が林道まで戻ると盗まれたのか、敦の車が忽然と消えている。それまでの和気藹々とした空気が一変する。とても歩いて帰れる距離ではない。人家もなく、携帯電話も通じない。勝は先刻の男、坂田の姿に気づき声をかける。テレビで見たことのある元信者だ。その坂田のバイクも消えている。坂田自身も気が進まない様子だったが、野宿するわけにもいかない。5人は実行犯たちが最後の時間を過ごしたロッジで一夜を過ごすことになる。
挨だらけのロッジで言葉もなく停む5人。何の物音もしない。警察の手は入っているが、信者たちの生活の痕跡が残るこの空間で、彼らは今まで目を背けていた〔記憶〕と否応なく向き合うことになる。
きよか——4年前。マンションのベランダ。きよかの夫、環が熱っぽく語ってる。一緒に行こう。修行をして、解放されれば、真理が見えてくる、と。きよかは反論しようとするが環のテンションについていけない。
事件後、調書を取る菊間刑事に環の様子が変わったのはいつ頃からか、と聞かれたが言葉に詰まる。変わったのは夫なのか、私なのか…。
勝——5年前。スポーツクラブのプール。アルバイト先に兄が訪ねて来る。医大を辞め明日〔出家〕するという。「西洋医学は身体しか救えないが、俺は教団で自分の一生をかけて人の魂を治療する技術を学ぶつもりだ」という兄。
事件後、菊間刑事に兄の性格に事件を引き起こすような要素はあったか、と質問されたが、何も思い当たらなかった。兄のことなど、勝は気にしたこともなかったのだ。
実——5年前、新宿の喫茶店。実と向かい合って座る、当時の妻。妻の隣に宮村という男。ヨガ教室に通っていると信じていた妻が家を出て行く。しかも見下していた宮村と行動を共にするという。
「あなたは一度も私と向き合おうとはしなかった」「家庭の中にはなかった生きがいがあそこにはあるのよ」
お前らおかしいよ、宗教なんて現実から逃げてるだけだ、という実。「じゃあ実さんの現実は〔ほんとう〕なんですか?」という宮村。〔ほんとう〕って何だよ…いまの仕事、家庭、それは〔ほんとう〕じゃないのか?自問自答の中に取り残される実。
事件後、刑事から妻が教団に入る前に2度も中絶していたことを知らされた。
敦——4年前、事件の直前、夜の街。夜と朝の間の”サイレントブルー”という時間が好きだ、という敦。「それは1日の終り?始まり?」と聞く夕子。「私は今、その”サイレントブルー”の中にいるのかもしれない。終わって、始まる…その歴史に参加するんだ」夕子はそう決意を語りながらひなぎくの花をちぎり、川に投げ込む。
事件後、菊間刑事に亡くなった家族のことを尋ねられ、教団のシンボルにもなった、百合の花が好きだったこと、いつも家の玄関に飾っていたことを話した。
日が落ち、急に寒くなったロッジで、4人はそれぞれに自分の家族がここでどんな暮らしをしていたのかを坂田に尋ねる。問われるままに答える坂田。
雨が降り出して、止む。敦と勝は寒さを凌ごうと中庭で焚き火を始めた。坂田も火のそばに来る。あの事件を止めることはできなかったのか?勝の問いに、自分も裏切るつもりはなかった。それはあの場にいた人間にしかわからないことだ…と逃げる坂田。彼もまた、他の4人と同様、向き合うことを避けてきた記憶があった。
坂田——3年前、事件の直前。湖の桟橋で話している白い修行服の坂田と夕子。「あっちの世界に未練はないの?」と聞かれ「全然、ない」という坂田だが突然、「一緒に逃げよう」と言い出す。笑って首を振る夕子。
翌朝、坂田は脱走した。ロッジの窓から夕子が黙って見つめている。
事件後、菊間刑事の事情聴取を受ける私服の坂田。
「選ばれた人間が残るべきだと教義だてているんだろ?」と詰問され、自分には理解できなかった、あそこにいるのが怖くなって逃げた…、と言い訳けを口にする。死んでいった5人はお前のことを「裏切った」と思ってるんじゃないのか?と問われ、あんな事件を起こした人たちに裏切ったと思われても構わない、と言い張る。
焚き火にきよかと実も加わる。「今の生活は〔ほんとう〕なんですか」という言葉を引きずっている、という実。「逃げてるのかなあ」という実に、「逃げることってそんなにいけないことなんでしょうか」ときよか。
「教祖ってどんな人だったんですか?」二人きりの場で敦が聞く。「お父さんみたいな感じだった」「今は何とも思っていない」坂田の答えに黙ってうつむく敦。
夜明け。5人は再び湖に足を運び、黙って湖を見つめている。
親切な軽トラの荷台に乗せてもらった5人はようやく駅までたどり着く。早朝、勝の携帯電話が鳴り出す。実も敦もきよかも急に現実に引き戻され、箸を置いて携帯電話をかけ始める。
東京に向かう列車で、意を決したように坂田が敦に話し掛ける。「あなた、ほんとは誰なんですか?」「彼女からは弟は何年か前に自殺したんだっていうふうに聞いていて…」敦は弟だと言い張るが、何かを隠していることに坂田は気づいているようだった。
「じゃあ、また来年」新宿駅の雑踏で握手を交わし、5人は別れた。
勝も、きよかも、実も日常に戻っていく。
数日後——。敦は花束を手に、親しくしていた老人を訪ねるが、看護婦に「亡くなったんですよ…あなた、息子さんじゃなかったんですね」と告げられる。
百合の匂いのする玄関の記憶。両親の諍いの声が重なる。そして庭で家族の写真を焼き捨てる父の後ろ姿。それが父を見た最後だった。
敦の父は「真理の箱舟」の教祖として家庭を捨て、命を絶った。その喪失感を埋めるために架空の家族写真を合成したり、病院に通う息子のふりをしていたのだ。
山の湖に、敦はひとりで向かう。持ってきた百合の花をそっと湖面に落とし、「父さん…」そう小さく眩く。敦は桟橋に火をつけ、湖に背を向け歩き出す。それは何かの終りなのか、始まりなのか——
スタッフ
監督・脚本・編集:是枝裕和
撮影:山崎裕
録音:森英司
美術:磯見俊裕
製作担当:白石治
助監督:西川美和/熊谷喜一
スタイリスト:谷口みゆき/篠塚奈美
メイクアップ:酒井夢月
スチール:若木信吾
広告美術:葛西薫
製作主任:湊谷恭史
制作デスク:那須恭子
キャスト
敦:ARATA
勝:伊勢谷友介
実:寺島進
きよか:夏川結衣
坂田:浅野忠信
夕子:りょう
きよかの夫 環:遠藤憲一
菊間刑事:中村梅雀
勝の兄:津田寛治
実の元、妻:山下容莉枝
宮村:村杉蝉之介
勝のガールフレンド、梓:梓
老人ホームの看護婦:木村多江
実の現、妻:平岩友美
実の上司:中村育二
田辺老人:杉本安生
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